突然のことに思わず思考が停止した。

超至近距離で私の手にキスし、そのまま笑顔を向けてくる彼。その顔は腹が立つほど整っていて......ぼーっとしていた時間は僅かだった。


「ああああーっ!」

「ちょっ、うっ」


ガバッと後ろから抱きしめられ、彼から引き離されて。犯人は、そう。


「もうっ。レンレン駄目!初対面で雪蛍ちゃんにボディータッチはお兄さん許さないぞっ!お触り禁止!」

「れ、嶺二さん...」


前に回っている嶺二さんの腕を少し掴むと、そのままの体勢で後ろから私の顔を覗き込んできた。雪蛍ちゃん大丈夫!?と言う嶺二さんに歯切れ悪く返事をすれば、嶺二さんはまたもやレンレン...という彼に視線を移していた。


「うるさいよレイジ」


キミも相変わらずだね、と近くに来た藍さんが呟く。すると、目を丸くしているST☆RISHと春歌ちゃんが視界に入って。事の発端となった彼は、降参とでも言うように腕を広げていた。


「ただの挨拶だよ」

「お前の挨拶は普通より行き過ぎだ」


青い髪の男の子の言葉に、嶺二さんがうんうんと頷く。


「でも、レディにはもうナイトがいるってわけか。残念だな」


悪びれる様子もなく、彼は私にウインクをひとつ。すごい、こんな人本当にいるんだ。恐ろしい。


「とにかくっ。みんな、誰もが認めるアイドルを目指して頑張ってねー!」

「だから何だよそれ...」


林檎さんが衣装を広げるとまたキラキラが反射して。嶺二さんの腕の中でふと視線をさまよわせたら、あの人と再び目があった。




仕事があると言って帰った日向さんと林檎さん。部屋へ向かうべく、嶺二さんたちを先頭に私たちは歩き出した。


「もー雪蛍ちゃんってばイケズっ。ぼくちんびっくりしちゃったよ!」


来るなら言ってくれれば良かったのに、と嶺二さんが口を尖らせた。


「社長から言われたの一昨日だったので。私だってびっくりですよ」


じゃあ荷物は?日向さんの車に乗せて来てもらいました。今から運び入れなきゃなんです。私の言葉に嶺二さんが目を丸くした。


「そんなに荷物少ないの?」

「はい。楽器とパソコンと、衣類と...諸々だけですから」


女の子ならもっといっぱいだろうに、残念ながら私はそんなことない。取りあえず仕事に使うものがあれば、此処では生きていける。そう言ったのは他でもない社長だ。


「お前、大丈夫なのか」


嶺二さんと反対隣を歩く蘭丸さんが口を開く。見上げると、オッドアイと視線が交わった。


「顔出しなるべくしたくねえんだろ。あいつら、ついこの前まで一般人だぜ。いいのかよ」

「あ、まあ...仕方ないですよ。それに、どうせ彼らの新曲のアレンジ担当するみたいですし」


蘭丸さんは少し顔を歪めてから、目を伏せて前に向き直った。


「でも僕、先輩たちがついてくれるなんて知りませんでしたあ」

「教えてくれる人がいるのはありがたいよな」

「マスターコースに来て、本当良かったー!」


後ろから聞こえてきた声は、四ノ宮さん、来栖さん、一十木さんのもの。隣で話し続ける嶺二さんに相槌を打っていると、急に蘭丸さんが足を止めた。


「大したことねえな、おめーら。そんなんじゃこの世界、やっていけねえぞ」


振り返ってST☆RISHのメンバーに冷ややかな言葉をかける。なお睨み続ける蘭丸さんの横に嶺二さんが回った。


「どうしたの、ランラン」

「こっちは社長命令で仕方なくやってんだ。藍だってどうでもいいって面してるぜ」


険悪ムードになりつつあるこの場で頼りになるのは嶺二さんだけだ。蘭丸さんに話を振られた藍さんも、研究対象としてなら興味がある、だなんて言ってるし。

眉を下げた嶺二さんと視線が交わる。つられて苦笑いを見せると、嶺二さんはポリポリと頬をかいた。


「僕たちは別に、中途半端な気持ちで臨んでいません」


凛とした声......聖川さんが発したものだった。


「そうだね。それに、さっきの先輩たちの歌に負けてるとは思わないけど」


蘭丸さんを真っ直ぐ見ながら、神宮寺さんが続けた。蘭丸さんに言い返せるなんて、この二人、なかなか度胸あるな。他人事のように聞いていると、蘭丸さんが本気でキレ始めて。


「まあまあ!誰もが認めるアイドルになるんなら、先輩に楯突くくらいじゃなくっちゃねー!」


さすが、嶺二さん。いつもふざけてばかりだけど、やっぱりこの人は誰よりも大人だ。蘭丸さんは間をおいてから小さく舌打ち。背を向けて先に歩き出し、私の横まで来てから立ち止まった。


「お前らが雪蛍のアレンジした曲歌うなんて、俺は認めねえ」

「、蘭丸さん......」


目を細めて私の頭に手を軽く乗せる。それから蘭丸さんは先に部屋へと向かっていった。


「ボクもランマルが言っていることは分かるけどね」

「藍さん、」

「キミの力を彼らに貸すには、まだ早いよ」

「アイアイまでそんなこと言っちゃってー...。もう、収集つかなくてれいちゃん困っちゃう!雪蛍ちゃん助けてー!」

「わっ。嶺二さんストップ!」

「...レイジ」


泣き真似をしながら、私はまた嶺二さんのホールドをくらった。冷たい視線が藍さんから突き刺さるというのに、嶺二さんは何処吹く風。


「あの!」


来栖さんが廊下に響く声を上げた。彼の後ろには、何かを決意したようなST☆RISHと春歌ちゃん。


「先輩たちは、俺たちを見守ってくれるだけでいいです!」


来栖さんの真剣な表情に、なんとなくだけど彼らの秘められた可能性を感じた。歌を聴く限りの印象と今の彼らの姿が重なった。

そう思った矢先、来栖さんの後ろから一十木さんが顔を出して。


「でも、残念だなあ。折角色々教えてもらえると思ったのに。寿先輩に」


落ち込んだ様子の一十木さん。嶺二さんは私に回していた腕を解いて、一十木さんに向き合った。藍さんが私に、大丈夫?と声をかける。何だか皆さんに心配されっぱなしだ。


「え?ことぶき先輩?あははっ!れいちゃんでいいよ、おとやん!」

「おとやん!?」

「それに、トッキー!」

「なっ、何ですかそれは」


まあ......正しい反応だよね。嶺二さんが上機嫌で同室の話を出すと、案の定ST☆RISHたちはみんな...、うん、残念な反応をしていた。


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