「この部分、もう少し盛り上がりに勢いが欲しいと思ったのだが」

「なら、音を増やして厚みを持たせましょうか。シンセの音をユニゾンで加えて...」

「バック全体のクレッシェンドを強くするのはどうだ?」

「うーんそうですね...。サビの最後にもうひと山盛り上がり待っているので、やりすぎると大サビが相当キツくなるような気がしますね...」

「なるほどな。では一度シンセサイザーの音を重ねるのを試してみよう」


聖川さんの真剣な視線を横から感じながら編曲ソフトを弄る。素早く修正を加えてヘッドホンを付け直し、一度試しに再生。だいぶ変わった気がする。外して隣に座る彼に渡し、再生ボタンを押してみる。彼は画面に目を向けたまま、ぐっと頷いてくれた。


「では、次の部分に移りましょう」


恋人同士でないのに、女子の部屋に入って二人きりなど...。

普段編曲の打ち合わせ作業をするときは、機材が全部揃っている私の部屋に人を招いている。それを初めての打ち合わせの前に聖川さんに伝えると、渋い表情でさっきの言葉を返されてしまった。私としては部屋でやる方が何かと便利なのだが、こう言われてしまっては仕方ない。

よって私たちは今、談話室で絶賛作業中だ。


「次は...此処だ」


数回目の打ち合わせだが、準備の良い彼は毎回しっかりとノートに修正したい部分をメモして持ってきていて、驚くほどスムーズに進む。この調子ならオーディションの二週間前には完成するだろう。

作業もひと段落したところで、聖川さんが席を立った。


「茶を淹れて来る。徳永はなにか飲むか」

「え、あ、私も行きます」


まさかの言葉に慌てて腰を上げようとすると、肩に手をのせて制されてしまった。


「ゆっくり休んでいてくれ。ほんのお礼だ」


何がいい?さっきまでの真剣だった顔が緩み、優しい笑顔を私に向ける聖川さん。じゃあ、聖川さんと同じもので。俺は温かい緑茶だが...。それでいいです、私も好きです、緑茶。

すぐに戻る。離れていく聖川さんの後姿を見送って、私はソファに深く座りなおした。

ヘッドホンを付け、初めから再生する。『恋桜』。聴きながら、同時に歌詞を目で追った。


「爆発しそうな程、想いは募り...」


こんな情熱的で切ない歌詞を書く聖川さんの心の真ん中にいる人はどう考えても明らかで。二人のことを思い浮かべながら聴いていると、なんだかこっちが照れ臭くなる。


「待たせたな」

「、ありがとうございます」


戻ってきた聖川さんが隣に座る。私が歌詞が書いてある紙を見ながら聴いていたことを察すると、少し恥ずかしそうに目を伏せた。


「今回の歌詞は、台本の内容にも沿うように書いたのだ」

「素敵な曲に仕上がりそうですね。事務所からオーケーが出れば、劇中歌にも出来そう」

「ああ...しかし、まずはオーディションに合格しないとな」

「そうですね」


お茶を啜って少しの間があった後、何か言いたげに聖川さんは私の方に目を向けた。


「どう、しました...?」

「いや、その...」


女性にこんなことを聞くのは...いや、でも...とぼそぼそ独り言が続く。しばらく悩んだ後、覚悟を決めたような表情で、聖川さんは体ごと私に向き直った。


「徳永は、その、恋人でない男性からの、ほ、抱擁を、どう思う」


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