「着いたぞ」


日向さんの声と同時に止まる車。窓越しに見える巨大な建物に、思わず言葉を失った。


「ほら、早く降りろ」

「あ、はい」


此処がマスターコースの寮......私の新しい家。


「荷物は降ろしておくから後で運び入れろ。今行くとあいつらに鉢合うからな」

「分かりました」


こっちだ、と前を歩く日向さん。正面ではなく裏口から入るらしい。

日向さんは早乙女学園にいたころからお世話になっている人で、卒業後もよくお仕事で一緒になることがあった。まだ彼の曲に携わったことはないけれど、いつか出来たらいいな、なんて思っていたりする。

裏口から入ると、そこで待っていたのは林檎さんだった。


「雪蛍ちゃーんおはやっぷー!」

「おはようございます、林檎さん」

「やあねっ、固いわよぉ」


相変わらず林檎さんは可愛い。男だなんて信じられない...というか、信じたくない。女としてちょっと悲しくなるときがある。


「ていうか、その服...」


キラキラのドレスに身を包んだ林檎さんは、可愛いでしょー?と言ってくるりと一回転。


「え、日向さんも」

「うるせえ」


いつの間にか着替えてきた日向さん。スーツは林檎さんと同じくキラキラで。ちょっと不満そうなのは、たぶん林檎さんの独断と偏見で決められたからだろう。


「雪蛍ちゃんの分もあるんだけど」

「全力でお断りします」


申し訳ないけど、私にそれを着る勇気はありません。





私は駆け出しのアイドルでも、作曲家でもない。早乙女学園を卒業したと言っても、他の人とは違って複雑だ。

私の専門は編曲、つまり作曲家が提供した音のアレンジだ。もともと独学で遊び感覚でやっていたのだけれど、某動画サイトに投稿したものがシャイニング事務所の目に留まり、スカウトを受けた。

そのまま所属が決まって活動を始めた訳だが、急に社長が早乙女学園に入りなサーイ、なんて言い出して。異質な存在ではありマースがものは経験デス!と言う鶴の一声で決定。

その間も私は普通に活動を続け、曲の提供もしてきた。学校では少し作曲の勉強をして、無事卒業。できて当然ではあるけどね。


そして、今回。私はマスターコースに配属された作曲家の女の子のフォローに入るために此処に呼ばれた。らしい。

七海春歌ちゃんと言う子で、学園ではAクラスにいたそうだ。面識はない、はず。年齢は私の方がひとつ上。とはいっても、このプロの世界ではそんなの関係ない。


「じゃあ、雪蛍ちゃんはアタシが呼んだら入ってきてね」


大きなドアの前で林檎さんが振り向く。この中に七海春歌ちゃんとST☆RISHのメンバーが集まっているみたい。

分かりました、と返事をすると、中から聞こえてきたのは聞き覚えのある曲で。


「えっ......これって」

「そうよ。QUARTET NIGHTが今回先輩としてST☆RISHにつくの」


あら、言ってなかった?と首を傾げる林檎さん。聞いてません、と言うと、ごめんねー、なんて可愛く謝られてしまった。もう。


「でもいいじゃない。QUARTET NIGHTとは仲良しでしょ?」

「仲良しって言うか......」


今流れている、ポワゾンKISS。QUARTET NIGHTの最新シングルだ。これのアレンジは、まあ、私がやらせて頂いたのです。だからあの四人とは確かに面識あるのです。


「お前も相変わらずいい腕してんな」


日向さんがぽつりと呟いて。並んでいた林檎さんも、うんうんと頷いてくれて。思わず頬が緩んだ。


「じゃ、俺たちはそろそろ行くな」

「ゴンドラで派手に登場なのーっ!」


はしゃぐ林檎さんに呆れ顔の日向さん。手を振って見送ると、林檎さんは呼ぶまで待機だからねっ、と指を立てた。

うん、分かってますって。


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