翔さんとの仕事がひと段落して。聖川さんの新曲に取りかかろうと構想を立て始めているけれど、さすがに私にも休養が必要だということを実感した。かといっても他に趣味があるわけでもなく、あえて言えば楽器を吹くこと...。結局音楽に行き着いてしまうところ、私はそれしか脳がない人間なわけである。
「雪蛍ちゃん!」
「春歌ちゃんおはよう」
「おはよう。もしかして、朝ごはん食べに行こうとしてた?」
朝から天使の笑顔で行動を的確に当ててくるところ、なかなかできる少女だ。曖昧に返事をすると、パッと手を取られて。
「きっと皆さんも喜ぶと思う!私も嬉しいなあ。ほら、行こう!」
心にあった少しの迷いを取っ払って、素直に春歌ちゃんに連れられて行くことにした。けど、どうもこの手を繋いでいる感じが恥ずかしい。これを見たらあの少年たちはどんな反応をするんだろう。私は嫉妬対象になるのかな。
そんな私の予想は見事に的中し、そして予想外なことまで起きた。
「皆さん、おはようございます!」
「七海おはよ......って!わあ!」
一番に春歌ちゃんに反応した一十木さんが大声を上げる。それによってほぼ勢ぞろいしていた面々がこちらを見て、一瞬固まる。(ちなみに揃っていなかったのは蘭丸さんとカミュさん。) ニコニコな春歌ちゃんと手を繋いで登場した私。特にその手に注目している聖川さんの視線は痛いくらいだった。
「おはよう、ございます」
私の発した声を合図に時が動き出して。爽やかに挨拶する神宮寺さんを見ていたら、視界にどアップの嶺二さんが。
「雪蛍ちゃん!おっはよーう!なんかお兄さんと会うの久しぶりじゃなーい?でも顔色は良好、相変わらずの雪蛍ちゃんでぼくちん安心したよー!」
「徳永さんおはよー!」
「朝食、今用意しますね。七海さんの隣に座っていてください」
「じゃあぼくその隣に座ろ」
「...寿さん、あなたは子供ですか」
「朝から少しは静かにできないの?」
賑やかに、自然に。
心に少しあった不安がなくなっていっていた。確かにそこには、私の場所があった。
「どうぞ」
一ノ瀬さんが私と春歌ちゃんの分の朝食を持ってきてくださった。周りに批難されながらもいそいそと席を移動した嶺二さんをチラ見すると、座りながら私に優しい笑顔を向けた。
「こういうのもいいでしょ」
嶺二さんが小声で私に告げる。会話が途切れないその光景を見回してから、素直に頷いてみせた。
「おい」
「あ、」
「その、えっと、」
呼ばれて振り返れば、そのには何か言いたげにどもる翔さんがいて。
「はよ、雪蛍」
「おはようございます、翔さん」
緊張した面持ちの彼に挨拶を返せば、どこかほっとしたような表情をした。そのまま春歌ちゃんにもおはようと言いかけた翔さんの声を遮ったのは、言うまでもなく。
「おやおやっ!?翔たんと雪蛍ちゃんてば、いつから名前呼びに!?」
「つい先日からです」
「そんなに仲良くなったんだー!よかったよかった!」
「え、翔、今、徳永さんのこと名前呼びしたの?」
「あーもー、そうだよ!うるせーなっ」
「わー、いいなぁ!ねえねえ徳永さん!俺も名前で呼んでもいいー?俺のことも音也って呼んでよ!」
「あ、はい...」
「じゃあぼくたちは、呼び捨てし合うってどう?」
「それはお断りします」
久々に迎えた何もない朝は、想像以上に心地良くて。私たちのやり取りを見てずっと笑っている春歌ちゃんと目を合わせると、不思議と笑みがこぼれた。
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