「じゃあまたねー!」


寮に入って、三人と別れて一人女子部屋の方へ向かう。別れ際に嶺二さんにお礼をし、手を振りながら歩く一十木さんにも会釈をした。

あれから着くまでの間、八割は彼らが話しており、後部座席の一ノ瀬さんと私は聞き役に徹していた。明るい二人の声が車内を満たすその空気感は、決して嫌なものではなくて。むしろ、心地よかった。

部屋の前まで行くと、ドアに紙が挟まっていた。綺麗な字......春歌ちゃんのものだ。


『急用ができたので、帰ってきたら私がお部屋に行くね!すみません』


私が来栖さんのアレンジをしている最中、春歌ちゃんは主に自室で彼らの新曲作りに励んでいた。そのことで相談したいことがあるとかで、事務所から私が帰ったら彼女の部屋に行く予定になっていた。

来栖さんの曲も、あとは細かく修正を入れれば完成。彼の撮影もたぶんそろそろ終わるだろう。仕上げまで相談しながらやらなければ意味がない。来栖さんはSクラスにいただけあって、音楽の知識もこだわりもある人だ。トレーニングルームで彼を見てからはずっと会えずにいるけれど......最近どうなっているんだろう。

社長のメモを見るところ、次は聖川さんらしい。アイドルにしては珍しい演歌調だったな。でも、確かに彼に似合う、他のメンバーには歌えない曲。音楽プレーヤーで原曲を再生させながら共同キッチンへ向かう。部屋には立派なキッチンが付いているわけではなく、あるのは冷蔵庫や電子レンジ、電気ポット程度の必要最低限の家電のみ。共同キッチンはどこかの厨房並みに広くなんでも揃っているけれど、あまり食にこだわりがないうえ、誰かと鉢合わせるのも面倒なのであまり行かない。

のだけれど。

まさしくこれこそ気まぐれと言うのだろう。久々に緊張したのと外出したのとで、珍しくおなかが空いたなあ、なんて思ってしまい、料理が出来ないわけではないので少し作って部屋で食べようかなあ、なんて考えて、そして、


「......どうも」

「久しぶりに会えたっていうのに、素っ気ないな」


一番苦手な人に出くわした。


「俺に会いに来てくれたんじゃないのかい?」

「いるなんて知りませんでした」

「じゃあこれは運命の再会ってやつかもね」


安定のクサイ台詞を並べる神宮寺さんに苦笑いを返す。


「レディにそんな顔は似合わないよ。今は二人っきりなんだからさ、俺だけに君の笑顔を見せて」


ぞぞぞっと経験したことのない鳥肌が...。じゃない。私はわざわざ、彼と話すために来たわけじゃないんだ。

はあ、と苦笑いをもう一度捧げて、いつの間にか正面に接近していた神宮寺さんの横を通りすぎる。


「ごめんごめん。怒らないでよレディ」

「別に怒ってませんよ」

「なら良かった」


謝ったと思ったらすぐいつもの調子に戻って。一々声が色っぽいのが余計に罪だ。冷蔵庫を漁りながらちらりと神宮寺さんの方を見ると、彼もじっと私を見ながら笑顔で調理台にもたれていた。様になっているのがにくい。


「夕食作るの?」


はい、少し。君ってすぐに目を逸らすよね。照れ屋さんなのかな?......別にそういう訳でもないと思いますけど。

私の本心を知ってか知らずかの発言を繰り返す。それにしても、本当に此処は何でもあるな。珍しい野菜を手に取って眺めていると、神宮寺さんが隣からそれを取り上げた。


「イタリアンならご馳走出来るんだけどな」


その笑顔に負けて、私は大人しく頷いた。





正確に言えば、あれ以上断ったりした場合の身の上を案じての肯定だったんだけど......


「簡単なものでごめんね」


目の前に広がるフルコース並みの料理。一品一品は少なめだけど、それにしてもこんな腕前だとは思わなかった。これを、食べるのか。これが簡単なものとしてくくられるのなら、私が作ろうと思っていたものって一体。

圧倒されているうちに神宮寺さんも正面に座り、同じ料理が並ぶ。え、一緒に食べるんですか。


「い、いただき、ます」

「召し上がれ」


スープカップを手に取る。猫舌がばれないようにさり気なく冷まして、スプーンを口に運んで...。


「おいし...」


神宮寺さんは私の呟きを聞き漏らさず、にこりと笑った。目の前でこんなに見つめられながら食べるのは無駄に緊張するというか何というか。それにしても、本当においしい。他の料理も食べ始めると、彼もフォークを手に取った。


「素敵なレディに俺の料理を振る舞えるなんて、すごく幸運だ」

「あの、そういうのは私じゃなくて」


あなたのファンに言ってください。

そう言おうとした刹那、ダイニングのドアが開いた。


「お前ら......」

「蘭丸、さん...」

「やあ、ランちゃん」


神宮寺さんの顔を見た途端、蘭丸さんの顔が一気にしかめっ面になった。あれ?この二人って同室だよね?なのにまだこんな仲なの?というか、蘭丸さんどう見ても怒ってるオーラ出てるよね?え、私が悪いんですかというよりなんでそんなに怒ってるんですかっ。


「それ...」

「ああ、俺がレディのために作ったんだ。もしかして、ランちゃんはいい匂いにつられて来ちゃったのかな?」

「んなわけねえだろ」

「そう?」

「おい雪蛍。そいつになんかされてねーよな」

「ちょっとそれは酷いんじゃない?」

「うっせ。お前は黙ってろ」


何もないです、と手を振って示すと、蘭丸さんはじろりと神宮寺さんに睨みをきかせた。


「ねえランちゃん?おなか空いてない?」

「あぁ?」

「ほら、余りで良ければ食べてく?」


ごくり。蘭丸さんが生唾を飲んだ。食べ物に弱い彼は、お皿にのった肉の塊を見てから渋々私の横に座った。口は素直じゃないけれど、本能で生きてる感じが拭えない。


「でもさ、」


蘭丸さんによそって戻ってきた神宮寺さんが口を開く。


「ランちゃん、タイミング悪いなあ」

「は?」

「こっちの話」


興味なさげな蘭丸さんが食べ始めたのを見届けてから、神宮寺さんが私をじっと見つめた。だから、それ、やめてください。


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