「「あ」」


来栖さんのソロも目処が立ってきて、一端事務所に報告がてら顔を出しに来た今日。事務所所属の編曲家としては、新人アイドルに構いきり、なんてことは許されないわけで、またまた別の仕事がひとつ舞い込んできた数分前。首にかけていた愛用のヘッドホンをつけて外に出ようと玄関をくぐろうとした丁度そのとき、


「帰り、ですか」

「はい......一ノ瀬さんは」


別件で此処に来ていたらしい彼と、ばったり出くわした。


「私もです」

「お疲れさまです」

「いえ、そちらこそ、お疲れさまです」


...............。

えっと。


「あの、」「寮に、」


...............。

かぶった。これはこれで気まずい空気だ。ただ、私は特に続けるほどの話題を持っていなかったので、小声で一ノ瀬さんに先を促す。


「、寮に帰るところですか?」


そこが今の住まいなのだから、それはそう......じゃなくて、恐らく他の所に行く予定はあるのか、という話だろう。この状況に妙にテンパっているのか、当たり前のことを頭で並べて少し間を空けてから、はい、と返した。


「では行きましょうか」

「え......あ、はい」


さっきから私、はい、しか言ってない。ポーカーフェイスを貫く一ノ瀬さんに続いて事務所を出る。夕暮れの空が頭上に広がっていた。

お互い特に話すこともなく、駅へと足を進める。一ノ瀬さんのやや後ろを着いていくように歩く私に彼の表情はあまり見えなかった。

なんとなく、居心地が良くない。

不思議だ。藍さんなんかもかなりのポーカーフェイスだし、寡黙な人だから、こうやって無言で時間を共にすることに抵抗はない。でも、一ノ瀬さんとはあまり接触がなかった上に、突然の二人きり。確かに同じ所に帰るのに、あの場でさようならを言って別々に帰るというのもなんだけれど。

どうしたものかと考えながら、居所のない指でコードをいじった。


「トキヤー!」


静かな私たちの空気を裂くように響く声。ふと足を止めて振り返る一ノ瀬さんにつられて私も振り返ると、見知った車が一台、後ろからやってきた。


「徳永さんも!今帰り?」


道の端に寄ってきたその助手席の窓から顔を出すのは、笑顔の一十木さんだった。運転席には嶺二さんがいて、ヒラヒラ手を振っている。


「そうですが、何故音也が寿さんと?」

「俺、ちょっと私用で出てたんだけどさ。歩いてたられいちゃんが拾ってくれて」

「そうですか」


一十木さんたちの会話を遮るように、嶺二さんが奥から声をかけた。


「二人とも、早く後ろ乗っちゃって!」


一ノ瀬さんと二人で会釈してから乗り込むと、スムーズに車が発進した。


「ていうか、珍しいねー。トキヤと徳永さんが一緒なんて」

「仕事で帰りが一緒になっただけですよ」

「トッキー。だけ、なんて言わないの!でもなあ、どきどきランデブーですって言われるのも困るしねー」


どきどきランデブーって。相変わらず言うことが古めかしい嶺二さんに乾いた笑いを漏らす私の横で、一ノ瀬さんが違います、と冷静に返した。


「それより雪蛍ちゃん生きてる!?全然喋らないけど!」

「大丈夫です。息してます。してますから、前ちゃんと見てください」


やや振り返り気味になる嶺二さん。そうだよー、と一十木さんにも突っ込まれる大人ってどうなんだろう。はいはーい、と音符マークが語尾に付いていそうな返事をした笑顔の嶺二さんとバックミラー越しに目があった。


「寿さんはお仕事だったんですか?」


雑誌の取材だよーん。トッキーは?私はドラマの打ち合わせでした。わあ、ドラマの仕事楽しそうだよねー!ぼくちんも何作か出たことあるんだよ。れいちゃんも!いいなあ。

一ノ瀬さんの質問から、絶え間なく会話が続く。というか、一ノ瀬さんは一言二言喋ったと思ったら後はほとんど嶺二さんと一十木さんの弾丸トーク。この三人の性格的にいつもこうなるのか、今の状況を誰も気に留めていないようだった。


「大変ですね」


思わず小声で漏らすと、


「ええ、まあ」


苦笑いをしながら一ノ瀬さんが反応してくれた。この間にもひたすら前の二人は話していて。それに口を挟む訳でもなく、かと言って無関心になる訳でもなく、一ノ瀬さんは耳を澄まして聞いているようだった。


「ね、雪蛍ちゃんっ!」

「えっ。あ、ああ、」


突然話を振られ、どもってしまう。隣の彼は、あなたも苦労しますね、と呟いた。

ふと見せた彼の笑顔は、穏やかで。HAYATOのときの一ノ瀬さんとは違ったそれが意外だったと同時に、嶺二さんと一十木さんの保護者みたい、なんて失礼なことを考えてしまった。


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