藍さんが歌詞のコピーを持ってきてくださったその二日後、来栖さんは撮影を早く上がれたんだとかで完成版を部屋に届けてくれた。なかなか来れなくてごめんな、と謝るところを見ると、やっぱり藍さんはコピーのことを話してないようだ。やるなあ、藍さん。

だから私も知らないふりをして、来栖さんにそつなく対応した。


「どうぞ」


そして、今日。

撮影が珍しく無いという来栖さんに、制作途中の音を聴いてもらおうと思って、部屋に招いた。


「お、おう」


ちなみに彼は、初めよりも割と普通に私に話しかけるようになった。私がドアを開けて来栖さんを見るなり部屋へ導くと、少し硬い表情で足を踏み入れた。


「広っ...!」

「皆さんと同じ広さなんですけどね。一人だし、物も少ないから」


立ちすくむ来栖さんに、紅茶とコーヒー、どっちか飲みますか?と問えば、迷ってから、紅茶、と。アールグレイのティーバッグを出すと、ふわりと香りが広がった。

デスクの横に椅子を引き寄せてセッティングしつつ、ソファに座ってもらった彼をちらりと見ると、きょろきょろ視線をさまよわせていた。


「あ、」


口を薄く開いた来栖さんの視線の先には、黒いソフトカバーのケース。


「なあ、あれ楽器?」

「はい」


来栖さんは、へえ...と目を丸くした。


「楽器やるんだな」

「たまにですけどね。アレンジの音考えてるときとか」

「なにやってんの?」

「サックスです」


そんなに高い物じゃないですけど。そう付け足せば、へえ、と彼は再びケースに視線を戻した。


「サックスっつーと、レンもやってんだぜ」


レン。あのフェミニストで色気垂れ流しの神宮寺さんか。確かに彼にはサックスが似合う。

丁度いい加減で色が出た紅茶をマグに注ぎ、こっちへどうぞ、とデスクに置きながら声をかける。パソコン正面の定位置に私、横の椅子に来栖さん。愛用のヘッドホンを差し出すと、おお、と感嘆の声が上がった。

これ、結構イイ値段のやつだよな。はい。それが一番音質いいんで、まず一度付けて聴いてみてください。スピーカーは?後から使いますけど、そこまで良いものじゃないので。


「じゃあ、取り敢えず一回流しますね」

「おうっ」


再生を押して、暫し静寂。一口紅茶を飲む。来栖さんはじっと自分の書いた歌詞を見つめながら身体でリズムを取っていた。


「すっげえ...」


パソコンの画面に再生終了が示されたと同時に、来栖さんはヘッドホンを外し声を発した。


「来栖さんが書いていた曲のイメージと歌詞を見た私のイメージを合わせてサンプルで作ってみました。どうでしたか?」

「いや、なんつーか...すっげぇ...想像以上にこの曲が見えてきててさ...」


紅茶を一口飲んで、デスクに置いてからその飲み口を見つめる。それからその大きな目が私の方に勢いよく向いて。


「ベースはこれで、そのまま行こう!」

「いいんですか?」

「全っ然イイ!つーかむしろ、お願いします!」


きらきらの笑顔。アイドルの笑顔だ。QUARTET NIGHTの四人にはない、少しあどけない感じが来栖さんらしい。


「分かりました。それで、修正したいところとか、希望とかありましたか?」


ヘッドホンをジャックから外しながら問うと、彼ははっとした顔をして。


「悪ぃ...あんま考えてなかった」


帽子を手で抑えつけながら苦笑い。じゃあ細かく切りながら流しますから、どんどん意見してください。そう言ってマウスを動かす私を、何故か目を丸くして見つめる彼。


「、どうしましたか?」

「あ、いや...」


お前が笑ったとこ、初めて見た、から。


笑った、といっても、さっきの来栖さんの様子に思わず口元が緩んだだけなのだけれど。また知り合って日の浅い彼らにはあまり表情を見せていないから、珍しかったんだろう。


「私だって笑いますよ?」

「あ、そう、だよな!なんかごめん」


くすりとまた笑みがこぼれた。それにつられて焦った表情だった彼もまた、笑顔を浮かべる。

作業は白熱して、来栖さんも私も時間を忘れてパソコンにかぶりつきだった。終わった頃にはほとんど口を付けていない紅茶が冷めていて、二人で今後の予定を話しながら飲み干した。


「長居して悪かったな」

「全然。よくあることですから」

「そっか。そうだよな。藍たちとも、こうやって曲作ってたのか?」

「はい。あの四人が集まると、無駄に長くなっちゃって。泊まりがけだったこともあったりしました」

「はあー。泊まり...」


あの面子と泊まりとか、大変だろ、色々。やけに真面目な顔でそう言う来栖さんがやけに印象的だった。


「じゃあ、また」

「はい。お疲れ様でした」


部屋を出た彼の背中を、もう一度呼び止めた。


「撮影がんばってください」


ガッツポーズを見せながら力強く答えた来栖さんは、とても嬉しそうに笑っていた。


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