ケン王がクランクインしたらしい。

来栖さんは毎日のように撮影に向かっているので、結局ほとんど会えていない。作詞の進行具合も分からなくて、目の前に仕事があるのに宙ぶらりんな状態。忙しいのは重々理解しているけど、少し困る訳で。

前から預かっているCM音楽の仕事をやっていると、キーボードの横に紙がぱさりと置かれた。


「藍さん」


ヘッドホンを外して振り向けば、そこには眉をひそめた藍さんがいた。


「どういうつもり?」


何がですか?と聞くと、鍵、と一言。


「なんで鍵してないの。ユキホってそんなに馬鹿だった?まあ、前から危機管理能力は乏しいと思ってたけど。ノックしても返事ないし、ノブは回って開いちゃうし。後ろまで来ても気付かないなんて、ホント鈍いよね」


一気にまくし立てられて、口を挟む暇もなかった。かなり、怒ってるみたい。


「ボクじゃなかったらキミ、どうなってても文句言えないよ?」


分かる?なんて言う藍さんに、苦笑いしか返せなかった。どうなってても、って。


「あの...」

「長くてくだらない言い訳はやめてよね」

「......」

「長くてくだらないんだ」

「、いや」


じゃあどうぞ?と無表情のまま座っている私を見下ろす藍さん。こういうときの藍さんは、年齢に相応しくない冷静さ故の怖さがある。いつの間にか乾いていた唇を舐めた。


「この前、嶺二さんが来て。あの、パーティーのときに。私が作業してて、今みたいにヘッドホンしてて、ノックに気付かなかったんです」

「うん、ボクも何回かしたんだよね」


あ、はい、すみませんでした。うん。それで?


「それで...作業中は、鍵開けておこうと思って」

「は?どうやったらその結論に至るのか理解できない」


藍さんの綺麗な顔がぐっと険しくなる。


「だって、なんか廊下でお待たせしちゃうのは申し訳ないなって。だからせめて、部屋の中に入っててもらった方がいいかと...」


それに、藍さんが言うほど此処には危険な人なんていないと思う。だって、皆さんアイドルな訳で。もし、もしそんなことしたら、アイドルとしてヤバいでしょう。

......というところは黙っておいた。

もう既に、呆れた風なお顔をされて、ため息をしていたから。


「ホント、ユキホって馬鹿だったんだ」

「......」

「まあどっちでもいいけど。でも、そうならそうって先に言っておいてくれる?じゃないと、」

「......?」


言いかけて止まった彼。先を促していいものか、でもお説教の最中だし......って、怒られる程のことだったのか。ちょっと考えが安易すぎたのかな。


「レイジみたいな人が大騒ぎするでしょ。殺人事件だー、みたいに」


はい、気をつけます。ちょっと、何笑ってるの?笑ってない、です。ボク怒ってるんだけど。ごめんなさい。

藍さんはなかなか発想が豊かな人だったらしい。確かに、大騒ぎする嶺二さんが想像できてしまった。口元が緩む私に冷たい視線を送って、もういいや、と藍さんが呟いた。


「で、これだけど」


白くて細い指が机の上の紙を叩く。そうだった。本題はこっちだ。


「ショウの書いた歌詞。まだ試し書きだから、決定じゃないと思うけど」

「藍さん」

「なに」

「これ、コピー....ですよね」

「そうだけど」

「もしかして、藍さんが?」


まあ、とも、別に、とも言わず、彼はただ視線を流した。紙に目をやると、そこにはお世辞にも綺麗とはいえない字でたくさん歌詞が綴ってあって。ぐちゃ、と黒く塗りつぶされているところもあり、下書き感丸出しだった。


「忙しいのはショウもユキホもお互い様でしょ。少し気になって持ってきただけだから、まあ使えたら使ったら」


言葉足らずな彼の優しさに、思わずきゅ、と胸が温かくなった。嶺二さんがよく言うけど、藍さんは本当にツンデレの極みだ。


「ありがとうございます。今度、シュークリーム持って行きますね」

「うん」


藍さんが帰った後、来栖さんの書いた歌詞をじっと眺めた。彼らしい言葉選びだな、と思った。

その夜、作業中の私の部屋に差し入れを持ってきてくれた春歌ちゃんにも鍵のことで優しく怒られた。貼り紙でもしておこうかな、と言ったら、それはそれでどうかと思いますけど...と彼女を困らせてしまった。

じゃあどうしたらいいの。


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