『というわけだ』
「了解しました。...それにしても、なんで日向さん伝いに連絡を?」
『...いつものことだ』
あの人の行動は読めねえ、と電話の向こうで日向さんが零した。人気アイドルなのに事務所スタッフのような仕事までこなす日向さんに、労いの言葉を送った。
「それにしても、ケン王の人気凄いですね。さすが日向さん」
『お陰様でな』
「今回も主題歌は日向さんですか?」
『おう』
楽しみにしてます、と言いながらも、少し悔しさがあって。日向さんの歌にはまだ携われないんだ、なんて考えてしまう自分がいた。
『お前も頑張れよ』
「はい。日向さんもお体にお気をつけて」
電話を切って、パソコンの画面に浮かぶ文字列を見る。まだタイトルも決まっていない六つの曲のファイルは、彼らの名前で保存してあった。その中から“来栖翔”を選んで開く。
「まずは、話をしなきゃだよね...」
藍さんは今日お仕事だと言っていたから、彼らの部屋にはST☆RISHの二人がいるだけ...いや、いないかもだけど。小さくため息をついて、私は立ち上がった。
もしかしたらとは思っていたけど、案の定彼らはまた談話室に集合していた。ST☆RISHの仲の良さは尋常じゃない。あと、春歌ちゃんも。
「うたプリアワード......?」
彼らの会話から耳に入ってきた単語に目を見張った。どうやら彼らは、うたプリアワードのノミネートを目標に活動していくらしい。先輩たちに話を聞こう、と部屋へ歩き出した彼らをそっと見送った。
あ、来栖さん。
「はーい!」
少し時間をおいてから、藍さんたちの部屋のドアをノックする。明るい返事に続けて出てきたのは、四ノ宮さんだった。
「わあ!雪蛍ちゃん、どうしたんですかー?」
「あの、来栖さんいらっしゃいますか」
「翔ちゃーん!雪蛍ちゃんが呼んでますよー」
対応の早い四ノ宮さんに感謝しつつ目的の人を待っていると、四ノ宮さんの背後から来栖さんが現れた。
「、どうしたんだよ」
少し気まずそうな顔。たぶんこの前のことだろう。
「お仕事のことで、お話に来ました」
「仕事?」
「立ち話はなんなので、少しいいですか?」
「あ、っとー...」
「お仕事のお話、僕たちのお部屋ですればいいじゃないですかぁ」
え、と私も来栖さんも四ノ宮さんを見つめる。そんな視線に気付かず、四ノ宮さんが私の背中をぐいぐい押して部屋に押し込んだ。
整った部屋で一番に目に入ったのは、
「あ.........えっと...お邪魔、します」
「はあ...。ホントにね」
ソファに座る藍さんだった。
藍さんは目を伏せてから立ち上がり、パソコンの前に座っていじり始めた。この微妙な空気にまったく動じない四ノ宮さんが、藍さんが座っていたところに私を導く。
もう、どうにでもなれ。
「...四ノ宮さん」
あ、僕いちゃダメですか?......や、いいです。
来栖さんと並んで座った四ノ宮さんは、嬉しそうに笑った。来栖さんは相変わらず私と目を合わせようとしない。確かに、四ノ宮さんがいて丁度いいのかもしれない。
「それで、来栖さんのソロのことなんですけど。ケン王の出演、決まりましたよね?」
「お、おう」
「その挿入歌として、来栖さんの新曲が採用されることになったそうです」
目を大きく見開いて、来栖さんが私を見た。
「まじかよ!」
「はい」
「翔ちゃん!すごいですっ!」
「うわ、やべぇ!まじかよ!」
本当に嬉しそうにする来栖さんと、自分のことのように喜ぶ四ノ宮さん。二人が落ち着くのを待って、続きを切り出した。
「使うのは先日春歌ちゃんが来栖さんに渡した曲です。そのアレンジを、私が担当することになりました」
「、そっか」
一瞬返事に詰まった彼は、次の瞬間には強い瞳で私を捉えた。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
作詞を早めに進めること、アレンジはそれを参考にしつつ考えること。そして、定期的に相談して作業すること。すべて伝えて、私は部屋を後にした。
...今度、藍さんにシュークリームを差し入れしよう。
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