やっと終わった。

今終わったのは、任されたソロ曲の打ち込み。その前には前の仕事の仕上げ作業を済ませていたので、さすがに肩が固まっていた。ソロは来栖さんのから、か。この順番は社長なりに意図があるんだろう。

──紅茶でも煎れよう。そう思ってヘッドホンを外し、立ち上がったところでドアを叩く音がした。

ドアを開けるとそこには、嶺二さんがいて。


「あーっ、やっと出てきてくれた!」


お仕事一段落ついた?笑顔の嶺二さんにまあ、と返す。


「すいません。作業中はヘッドホンしちゃってるので、全然気付かなくて」

「いーのいーの。おつかれちゃん!そんな頑張り屋の雪蛍ちゃんに、ハッピーなお届けもの!」


差し出されたお皿には、パンやサラダ、唐揚げなどなどが彩られていた。衣のいい匂いが鼻孔をくすぐる。


「雪蛍ちゃん、夕食まだでしょ?だからさ、これ食べて。ぼくが作ったのもあるんだよ」

「ありがとうございます」


受け取ると、嶺二さんはピースサインを向けてきた。仕事に没頭すると食事を取らないのはよくあることだ。ポワゾンKISSの編曲をしていたときは、それを知った嶺二さんがたまに寿弁当を差し入れしてくれた。


「時間あるならちょっと顔出さない?って言いたいところだけど...」


まだ忙しいよね、と嶺二さんが呟いた。


「、そうですね。これ食べたら、また続きしないとなので」



きっと彼は、私と他の皆さんとの関係を気にしてくれているんだと思う。そう思うと断るのが申し訳なかったけれど、仕事が詰まっているのも事実だ。だよね、でも残念だなぁ。そう言った後、嶺二さんが顔を明るくした。


「じゃあ、れいちゃんが雪蛍ちゃんの話し相手になってあげよう!」

「え、」

「だってだって、一人で食べるの寂しくない?雪蛍ちゃん、ちゃんと食べるか心配だし?」


いたずらっ子のような笑顔。でも、嶺二さん戻らないと。気にしなくてだいじょーぶいっ!いや...すごく心配です。嶺二さんいないと場が保たないっていうか...。ああ、そういうこと?平気平気!若い子たちは自由に楽しんでるからさ!


「ね?」

「......じゃあ、」


どうぞ、と嶺二さんを招き入れる。まだ必要最低限のものしか荷物から出していないから、部屋は綺麗、というか、物がない。

部屋の真ん中にぽつんと置かれたローテーブル。クッションを引っ張り出してひとつ嶺二さんに渡すと、彼は私と向かい合うように床に並べて片方に座った。


「何か飲みます?紅茶煎れようとしてたんですけど」

「あー、ぼくお水でいいや」

「お酒飲んでたんですか?」

「成人組はね。ぼくとランランは缶で、ミューちゃんはワイン」

「前もそうでしたよね」

「そうだねえー。雪蛍ちゃんも早く成人して、一緒に飲もうよ!」


あと二年待ってください。嶺二さんにお水を差し出して向かい合って座る。いただきます、と言うと、嶺二さんはにっこり笑顔でどーぞ、と返ってきた。

相変わらず嶺二さんの唐揚げが美味しくて、それを伝えると、ぼくちんグッジョブ!と嬉しそうに笑った。


「雪蛍ちゃん」


順調にお皿の上のものが減っていき、あと半分くらいになったころ。


「はい」

「なーんか、いきなりあの子たちとプチ喧嘩しちゃったんだって?」


大丈夫?と眉を下げる嶺二さん。


「......別に、慣れてますから」


言葉に詰まる嶺二さんに悪いとは思いつつ、私は箸を置いた。


「分かってるんです。彼らが私のことを妬んだりしているはずもないし、ただ単に、褒め言葉として言っただけだって。でも、」

「分かってるよ」


優しい声が、私の言葉を遮った。いつの間にか俯いていた顔を上げ、嶺二さんと目を合わせた。


「分かってる。雪蛍ちゃんが、彼らのことを心から嫌ってる訳じゃないって。雪蛍ちゃんは何も悪くないさ。勿論、彼らもね」


だから、これから距離を縮めていけばいいんだよ。

はい、と小さく返事をする。まあ、若い子たちで固まっちゃってぼくのこと仲間外れにしたら、れいちゃん泣いちゃうけどね!とおどける彼に、思わず笑みが零れた。


「嶺二さん、」


ありがとうございます。そう言った私に見せた笑顔は、とても、素敵だった。


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