「敵襲だぁー!!」
見張り台からクルーの叫び声が木霊した。次の瞬間、相手が放った砲弾が、モビーの近くに落ちる。
「まる、」
慌ただしくなる船上。なまえは眉を下げ、不安げな顔でマルコを見上げた。
「大丈夫だよい。すぐ終わる」
小さななまえと顔の高さを合わせ、マルコはその頭を撫でた。
「まるも、いくの?」
「......あァ。そうだな」
新世界の“四皇”の1人である白ひげ。その傘下につく海賊と、挑み続ける海賊。この海には、その2種類しかいない。
そのため、白ひげ海賊団が狙われるのは度々あることで。なまえが船に乗ってからも、何度も経験してきていた。それでも怖さは拭えない。
マルコの指を握るなまえの手に、自分のそれを重ねてやった。
「絶対、帰ってくるよい。此処で静かに待ってな」
こくりと頷くなまえ。マルコは微笑み、もう一度その頭を撫でて部屋を出た。
***
看板に堂々と乗り込んできた敵の海賊たち。それに相対するのは、マルコ率いる一番隊と、サッチ率いる四番隊だ。とはいえ、隊員たちでも十分応戦できていたため、隊長の2人は狙ってくる数人の命知らずを倒しているだけだった。
「ったく。しつこいな、こいつら」
サッチが刀で男を斬りつけながらぼやいた。マルコも2人を相手にしたが、一瞬で片付いてしまう。
「本当に......勿体無いねい」
新世界に出てくる海賊は、どこも皆強い者ばかり。四皇に挑むということは、その命をかけるということで。マルコは相手をしつつも彼らの未来を思い描くと、いつもいい気はしないのだった。
「マ、マルコ隊長っっ!」
「どうした」
血相を変えて1人のクルーが走り寄ってきた。目の端では、サッチも何事かとこちらを見ていた。
「そ、それが...!敵の何人かが、船内に侵入したようでっ、その、隊長の自室近くから入っていったと......!」
「マルコ......!」
「なまえが危ねぇ!!」
かかってくる敵をサッチに託し、マルコは船内へと走っていった。
「なまえ......!今行くからな!」
***
「やっぱり白ひげ海賊団は強ぇ。こうなったら、何かしらおとりになるもの探せ!人でも物でもいい!あいつらを少しでも怯ませられるものだ!」
こそこそと廊下を走る海賊たち。部屋を開けては偵察し、を繰り返す。
「くそっ。何かあるに違いねぇ!早くしろ、もう追っ手がくるぞ!」
大きな音を立ててドアを開け放つ。片付けられた広めの部屋は、どう見ても平隊員のものではない。
「おい、誰かの隊長の部屋だ。くまなく探せ......!」
「お、おい!見ろよ!」
入ってすぐ、部屋の奥から1人が声をかけた。その先には、小さく膝を抱えて震える幼女がいた。
「こりゃあいいぜ......!捕まえろ!甲板に戻るぞ!」
男たちはニヤリと笑い、なまえを抱えた。
「てめぇら......何してやがる」
怒気を含んだその声に、ドアの方を振り向く。そこには、
「ふ、不死鳥マルコ......!」
青筋を立てたマルコが立っていた。
「そいつを離せ......!」
「まるっ......」
涙目で力無く呟かれた名前に反応し、なまえを抱えていた男はその頬にナイフを当てた。
「い、一歩でも近づいてみろ!この子供を傷つけてやる!」
ひっと小さい悲鳴を上げるなまえ。先に進めないマルコに、男たちは笑い声を上げた。
「白ひげ海賊団の隊長が、こんな子供1人でこのザマだぜ。おい、聞いたことねぇなぁ!」
ゲラゲラと下品に笑う。マルコは奥歯を噛み締めた。
(どうする......どうすればいい)
「やっ!!!」
「「「!?」」」
「......なまえ!」
ツッとなまえの頬を、赤が伝う。
「や、やべぇ」
「何やってんだよ、馬鹿野郎...!」
笑っていた拍子にナイフがなまえの頬を掠めて。威嚇の為にしていただけだったはずが、本当に傷つけてしまっていたのだ。途端に顔を青くする男たち。
「お前ら......!覚悟は出来てんだよなあ!?」
マルコの全身から炎が放たれて。男たちは悲鳴を上げる間もなく、マルコの攻撃を受けた。
***
「なまえっ、なまえっ......!」
マルコが襲いかかった瞬間に男に放り出されたなまえは、なんとかマルコが受け止めた。しかし、気を失ったまま、その腕の中にいた。まだ看板から残りの戦いをしている声が聞こえる。マルコはベッドに腰掛け、なまえの名を呼び続けた。
「俺が油断してたんだ......!こんなことになるなんて...」
ギュッと小さな体を抱きしめる。絶対に、なまえには近付けない。そう心に誓っていたのに。
なまえに流れた血を見た途端、マルコは理性よりも感情が先立った。許せない。それだけが、マルコを突き動かした。
「......ま、る...」
「なまえ!」
小さな小さな、愛おしい声。マルコがその顔をのぞき込むと、なまえはぼんやりとしながらもマルコと目を合わせた。
「なまえ......良かったよい...!怖い思い、させたねい。本当に悪かった」
強く目を瞑る。早く船医の所に連れて行こう。そう思った瞬間。
「まる」
なまえの声に、マルコは目を開けた。
「まる、なまえ、だいじょうぶ」
「なまえ......?」
にこりと笑うなまえ。マルコは目を丸くした。
「だいじょうぶ、だよ。なまえ、こわくなかったよ」
「でも、」
「あのね、まるが、きてくれたから。なまえ、なかなかったよ」
あぁ。そうだ。この子はあんなに怖い目に合ったのに、決して涙を見せなかった。マルコはその頬にある傷を見て、顔を歪めた。
「まるがね。だいじょうぶって、いっつもいってくれるからね。なまえも、まる、げんきないから。まる、だいじょうぶ」
「なまえ......ありがとねい」
優しくその体を包み込む。温かなそれは、マルコの胸に染み込んでいくようで。柔らかな頬にある一筋の傷は、自分への戒めだ。もう、傷付けない。
「俺が、守るよい」
魔法のコトバ
(なまえ、痛くねぇか)
(うん、だいじょうぶだよ)
(まさか、お前が自ら手当てしたいと言うとはなァ。グラララ...)
(俺の責任だからねい)
(ガーゼがデカすぎて、なまえの顔が見えなくなるぞ?)
(......慣れてないんだよい)
(グラララ!痕が残ったら承知しねェぞ、マルコ)
(分かってるよい)
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