「あー!」


可愛らしい声が甲板に響く。短い腕を精一杯伸ばし、指差す先には近付いてくる一隻の船。


「危ないよい」


はしゃぐなまえを抱っこしながら、マルコは腕の力を強くして落ちないようにした。当の本人は目を輝かせて嬉しそうに笑う。


「まる!ほわえてぃーべいさまだぁ!」

「そうだねい」


腕と足をばたつかせるなまえを床に降ろすと、柔らかい頬を膨らませて抱っこをせがむ。やれやれといった表情をしながらもマルコがその可愛らしさに勝てないのはいつものことである。


「ぱぱにあいにきたの?」

「ああ。仕事だよい」

「あそべる?」

「うーん...分からないな」


再びマルコ腕の中から海上を見つめるなまえ。船がモビーの横に並ぶと、その甲板にいるクルーに向けてなまえは大きく手を振った。

クルーたちもなまえに笑顔で手を振り返しつつ、マルコに会釈と挨拶の言葉を投げかける。そのマルコはと言うと、なまえを落とさないように支えながらの出迎えである。


「お久しぶりね、マルコ隊長。ニューゲートは船長室かしら?」


船内から出てきた女──ホワイティベイに大興奮になるのはなまえ。


「べいさま!こんにちわ!」

「なまえ、」


軽やかにモビーに乗り移ったホワイティベイは、マルコとなまえの目の前に降り立った。青のロングの髪をふわりとなびかせる姿になまえは目を輝かせる。


「久しぶり。元気にしてた?」

「うん!べいさまも?」

「ふふ、もちろんよ」


天使の輪が光るなまえの頭を撫でるホワイティベイ。三人の周りにはぞくぞくと白ひげ海賊団のクルーが集まって来ていた。


「よう。ホワイティベイ」

「相変わらずのガチガチリーゼントね、サッチ。女はできた?皆マルコに取られてるんじゃないの?」

「余計なお世話だ。俺はなまえが大きくなるまで待つって決めたんだよ」

「馬鹿な男ね」


ふふんと笑うホワイティベイにため息をついたマルコ。このようなやり取りはいつものことだが、遮るようにマルコが声をかけた。


「オヤジに用があったんだろう。案内するよい」

「そうね。お願い」


なまえもいく!とマルコにしがみついたため、預かろうとしていたサッチの広げた腕は無駄になった。それを横目に笑いながら、ホワイティベイはマルコの後に続いた。


***


白ひげに近況報告をするホワイティベイを船長室に残し、マルコはなまえと甲板に戻っていた。日が落ち始め、早速甲板では宴の準備が始まっていた。ホワイティベイの海賊団と白ひげ海賊団合同の宴である。

互いのシェフが腕を奮った料理が並ぶ。既に酒を飲んでいる者もいた。そばにあったサラダの皿からトマトを一つつまみ、マルコはなまえの口元に持っていく。ぱくりと頬張って笑うなまえ。二人の間に和やかな空気が流れた。


「マルコ!こっち来いよ!」


名前を呼ばれてなまえと同時にそちらに顔を向けると、テーブルを囲む何人かの中からエースが手を振るのが見えた。

えーすのとこ、いこう。

なまえの一声で歩みを進める。空いていた椅子に腰掛け、その膝になまえを乗せて後ろから片腕でおなか周りをホールドした。本人は早速エースに差し出された肉に手を出しているが、それを制するのはハルタである。


「だから、ほいほいなまえに肉の塊やるなって言ってるだろ」

「あ、そっか。悪ィ!」

「うん!」


ったく、とエースに喝を入れるハルタ。謝罪の言葉に元気よく返事をしたなまえは意味が分かっていないのだろう。

皿の上にはエースから渡された肉。マルコがナイフを使って小さく切り分け、中の柔らかい部分を端に寄せる。その様子をなまえはじっと物欲しそうな目で見ていた。


「ほら、」

「あー」


肉を口に持っていくと、なまえは口を大きく開けて食べた。


「よく噛めよ」

「うん」


もぐもぐ一生懸命口を動かすなまえの姿に、ハルタも無垢な少年の笑みを浮かべる。


「すっかりいいお父さんね」


後ろからした女の声に振り向くと、そこにはホワイティベイが立っていて。何処からともなく現れたクルーが追加の椅子を持ってきてマルコたちのテーブルに置いていった。


「ふぇいはまー!」


悠々と座ったホワイティベイに、肉を食べながらなまえが再び反応する。食べながら喋るなよい、とマルコが注意すると、ホワイティベイはくすりと笑った。


「マルコはお父さん、ハルタはお兄さん、エースは...友達、かしら?」

「おい俺を勝手に親にするなよい」

「確かにお父さんだな」

「ハルタお前な...」

「友達ってなんだよ!まあいいけど!」

「なまえー。お兄ちゃんだぞー」

「はーちゃん、おにくいる?」


こめかみに筋を立てるマルコ。お兄ちゃんポジションに満足したハルタは些か楽しげな表情である。


「べいさま、ぱぱとおはなししたの?」


こてん、と首を傾げるなまえ。


「ええ。お仕事よ」

「おしごと、たいへん」

「大人だもの。なまえも大人になったら分かるわ」


ホワイティベイがぐっとワインを飲み干して、なまえにおいでと腕を伸ばす。つられて腕を伸ばしたなまえをマルコは解放してやると、ホワイティベイの膝の上に移動したなまえは頬を彼女にすり寄せた。

それを見ていたマルコが少しムッとしたのに気付いたのは、おそらくにやけたハルタだけだっただろう。


「つーか、なんでなまえはホワイティベイのことそんな呼び方してんだ?」


エースが肉にかじり付きながらそう言うと、ホワイティベイはなまえの頭を撫でながら首を傾げた。


「何故かしらね。ねえ、なまえ?」

「なあに?」

「うふふ、可愛いんだから」


べいさまだいすきー、と抱き付くなまえ。どうせお前が吹き込んだんだろい、とマルコが呟くと、さあ?とホワイティベイは挑戦的な笑顔を向けた。


「べいさま、おとまりする?」

「どうしようかしら。なまえはどうして欲しい?」

「べいさまといっしょがいい!」

「、だそうよ、マルコ。あなたとなまえは一緒に寝てるんでしょう?私もそこにお邪魔しようかしら」

「お断りだよい」

「じゃあ、なまえ。私の船に泊まりに来る?」

「おい」


返せと言わんばかりの表情でマルコが威嚇すると、ホワイティベイは、だからお父さんは、とわざとらしく肩をすくめてなまえをマルコの膝へ移した。


「娘離れは叶わなそうね」


まる、と上目遣いで笑うなまえにほっとしているのが見え見えのマルコ。小さくホワイティベイが呟いた言葉は、夜の喧騒にかき消されていった。



べいさまはおねえさま



(なまえ、大きくなったら私のところに来るといいわ)

(?、うん!)

(なまえ...何でも返事するな)

(素直なだけよ。ねー?)

(ねー!)

(そんなこと俺がさせないよい。白ひげ海賊団の総力を上げて阻止するからな)


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