繋いだ右手に違和感を感じ、マルコはふと視線を落とす。

目があった少女は、幼げな笑顔を浮かべた。


「...こういう、こと、かよい」


***


これは、島へ出る少し前のこと。

甲板にはクルーが全員集められていた。その前には拡声器を手にした航海士。


「いいか、これからこの島の注意事項を連絡する。言ったことは片っ端から頭に叩き込んでおけ」


前の方に座るマルコの膝の上では、出掛ける準備万端のなまえが静かにお菓子を食べていた。


「この島はかなり珍しい。一人の人が年を取ったり若返ったりするんだ。つまり、俺が赤ん坊にもなりうるし、爺さんにもなりうる」


クルーたちの頭上に一斉に疑問符が浮かんだ。


「よく分からないだろうが、行けば分かる。その身で体感してこい。......ただ、ひとつ気をつけろ。必ず誰かと一緒に動くようにしてくれ。敵が襲ってきたとき、いつものように戦えない可能性が高いからな」

「なまえ、俺と回るか?」


小声でサッチが尋ねるが、なまえは首を振ってマルコの服を引っ張った。声を出さないのは、口に物が詰まっているからだ。


「言ってもきりがないから、これくらいにしておく。くれぐれも気をつけてくれ」


***


首を傾げる少女に、なんでもないよい、と言ってマルコは前を向いた。

なまえと共に島に出て、いつものように手をつないで歩いて。触れていた小さな手の感覚が違うものになって。ふと見たら、見慣れない少女と手が繋がっていたのである。


「、なまえ」

「なあに?」

「......いや、呼んだだけ、だよい」


やはり、彼女はなまえだった。

年にすれば14歳くらいだろうか。背も伸びて顔が近い位置にあり、顔立ちも大人びていた。いつもならマルコの手に収まる手も、今は細い指が絡んでいる。


(俺が小さくならなくて良かった、けどよ......)


視線をもう一度少女、なまえに落とす。


(これはこれで困ったよい)


大きくなったなまえは、まだ少女とはいえ一人の女であって。きっとこんな日が来るのだろうと思ってはいたが、急すぎてマルコには戸惑いが生まれていた。


「どうしたの?変なマルコさん」

「え、あぁ...」


くすり、と笑ってなまえは手をきゅっと握った。

動揺しつつマルコが少し握り直すと、なまえは嬉しそうに笑った。


「マルコさん」

「、ん?」

「あそこのお店、入りたいです」


落ち着いた雰囲気のアンティークショップを指差すなまえ。随分と大人びた店が好きになるんだな、と思いながら、マルコは頷いた。


***


なまえが購入したものをマルコが持つと、ありがとうございます、と呟いて。繋いだ右手に恥ずかしさを感じながら、マルコはなまえを見た。


「俺のこと、さん付けで呼んでるのかよい」

「いつもそうじゃないですか」


不思議そうにするなまえ。


「敬語、だったかよい」

「そう、ですけど......」


そうだったな、悪いねい。とマルコが言うと、なまえは小さく首を傾げた。

なんだか距離ができるんだな、という考えが浮かんだ。

きっと本当になまえがこれくらいになる頃には、俺ももっと年を取っているんだろう。

そのときなまえは、俺と一緒にいるんだろうか。

俺は、今まで通り彼女と接することが出来るんだろうか。


「マルコさん」


いつもより澄んだ声で呼ばれる名前は、なんとなくくすぐったくて、切なかった。


「アイス食べたいな」

「、アイス?」


視線の先にはアイスのワゴン。それを見つめるなまえの目は輝いていて、思わずマルコは笑みをこぼした。


「あぁ、食べよう」

「やった!」


悩んだ末に選んだ味は、いつか小さな彼女と食べたものと同じで。


「その味、好きだねい」

「え?」

「いや、なんでもないよい」


イチゴ味のアイスを食べるなまえは、いつもの彼女の面影を残していた。


「マルコさんもどうぞ」


ああ、きっと彼女と俺は変わらない。差し出されたアイスを一口食べて、マルコはなまえとほほえみあった。


***


そろそろ船に戻らなければ。

日が落ち始めたのを確認し、マルコは隣を歩くなまえをどうしようかと思案した。

このまま船に戻れば、元に戻るのだろうか。

そのときなまえが立ち止まり、マルコの手を引いた。


「どうした?」


振り返ると、なまえは優しげな顔をしていて。夕日に照らされた彼女の髪の毛は輝き、見ているマルコの顔が少し染まった。


「私、マルコさんが好きです」


固まるマルコをよそに、なまえは横にあったベンチに乗って。その上に立った彼女は、マルコより少し低い位に顔があった。


「ずっとずっと、いつまでも、マルコさんが大好き。傍にいさせてくださいね」


なまえがマルコの肩に手をのせ、距離が詰まったその頬に、小さく背伸びをしてキスをした。

目を見開くマルコに微笑むなまえ。そして次の瞬間、目の前にいたのは、ベンチですやすやと眠るいつもの、小さななまえだった。


「......人騒がせな妹だよい、お前は」


しゃがみこんで、柔らかな頬にキスをする。ふわりとなまえが笑った気がした。


「俺もお前が大好きだよい」


抱き上げると、片腕に収まるなまえの体。無意識にすり寄せられた額。マルコはなまえの髪を梳いて、船へと歩き出した。



隣にいよう



(マルコ。なまえが成長しても、手は出すなよ)

(、そんなこと、しないよい)

(俺の娘が欲しいなら、まずは俺の許可を得てからだからなァ)

(......分かってるよい)


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