「シリウスは、死んだよ」

死んでしまったらしい彼を思うより先に私が気になったのはリーマスの顔色がとても悪いということだった。満月が近い。

「へえ、そうなんだ」

シリウスは死んだらしい。じゃあ死体はどこにあるのかと聞いたら無いと返ってきたから、またどうしてだと問い掛ければシリウスは消えたからだと。ならば訂正。

シリウスは消えたらしい。

ベールの向こう側がどうなっているのかは分からないけど、帰ってくることは絶対にない。それは死んだということと同意義らしいけど、でも死体はない。肉片も、血の一滴も遺さずに死んだ、消えた、のかな。

可笑しな返事をした私を、リーマスが心配そうに見つめている。

「やだ、大丈夫。信じられないとかいうわけじゃなくてね、シリウスが死んだことは、わかってるんだよ」

だって私は彼を好きだったもの。彼がこの世界からふっと居なくなった事くらい分かるに決まってる。すっごく、悲しいなあ。シリウスは死んじゃった。消えちゃった。しかし私は肉としてないはずの心の悲しみより何よりも、呆気ないなあ。と、はっきり思った。そしてそっか、死ぬんだ。と、曖昧模糊に思った。

リリーとジェームズの死体を見たときも私は同じような心持ちであった。私の祖父母や両親はその時まだ健在であったから、人の死を肌で感じることの無かった私は、愛する親友達の冷たい殻を目にしてもなんとも思えなかったのだ。ただ悲しいのはちゃんとあった。悲しくて涙がぽろぽろ出たりもしたけど、彼らの死よりも、彼らを失った自分が可哀想で涙を流しているような感覚に陥ったので、自然とすぐに止まった。

「いないのかあ。そっか、シリウスはいないんだねえ」

言葉を口にしてみたら、急に死にたくなった。シリウスと同じ、ベールの向こうに行きたくなった。

「私も居なくなっていい?」
「止めてくれよ。君まで」

いよいよリーマスが泣きそうな声を出すのでごめんと謝った。

ぼろり。
涙がでた。

これはシリウスの死を悼んでなのか、シリウスを失った私を哀れんでなのか、泣きそうなリーマスに同情してなのか、はたまた、先程から隣の部屋で泣き叫んでいるハリーのためなのか、よく分からなかった。

「こう、ぎゅって、私が泣いたら、ぎゅう、って、してくれたんだよなあ」

あったかくて、力強くて、とくとく鼓動していて、アズカバンから帰ってきたあとはガリガリに細い、だけど私が世界で一番安心できる胸はなかった。

ぼろ

そうしてやわらかな唇も、ゆるやかな微笑も、すこしの傲慢さもなかった。シリウスは死んだらしい。消えたらしい。無い。

ぼろ

熱い熱い大粒の涙がでた。悲しかった。いまのは確実に、私は私が哀れで泣いたのだった。愛する人を亡くした、なんて可哀想な女だと思ったのだった。

「嫌だな、なんで死んじゃうんだろう。なんで殺すんだろう」

ぬぐったら目元が少しだけヒリヒリした。でも、リリーやジェームズを殺したヴォルデモートも、シリウスを殺したベラトリックスも、どこかで誰かを殺した誰かのことも、憎む気にはならなかった。不思議だと我ながら思った。

「リーマスは生きてよ。私、悲しいからさ」

死んでほしくないだけなのだ。

「僕は死なないよ」

臆病だった半分狼の男の子はもう大人になったのだと今更気が付いて、私ははっとした。そういえばシリウスは、おじさんなのに子どもっぽいままだったなあと思い出して、ぼろり。

喪に服します。愛する人。





呆気ないなあ。と私は思った。そっと指で顔をつついてみたら、リーマスはすごく冷たくて、もう動かないことが恐ろしくもなった。

「ジェームズ、リリー、ピーター、リーマス、スネイプ、ベラトリックス、ダンブルドア、ヴォルデモート、」

ひとを殺したひともひとを守ろうとしたひとも、嫌いなひとも好きなひとも、たくさん死んでしまったらしい。でも世界は平和になったらしい。矛盾しているようで、でも犠牲の上にしか幸せが成り立たないことは理解していて、それはしょうがないことで、諦めるしかないから、私はやっぱり、悲しくなった。私は私の知る人たちの死が悲しくて、あんまり知らない人たちの死はちょっと悲しくて、そんなものなのかな。

「シリウス、私もう、黒い服、飽きちゃったけど、でも、他の色を着る気持ちにはならないや。何でだろう?」

私は、うわんうわん声をあげて、泣いた。そして叫んだ。

私は!シリウスが!大好きなんです!でも彼は死んだんです!だから叫ぶんです!大好きだって!叫ぶんです!



呆気ないねえ、シリウス





101121 間宮

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