「…我が君、」
「ああ、後ろに三人だ。走るぞ」

帰り道であった。わたくしにも分かるほどの殺気を後方に感じ、そうして走り出す。バタバタと他の足音が混じった。我が君がわたくしの後ろに回るので、抗議をするために目を向けると、鋭く睨み返されてしまう。すれ違うマグルたちは、いい大人が全速力で走るのを見て不思議そうな表情をしていた。

「わ、わがきみっ、どこまで、はしれば!」
「次の交差点は左に曲がれ」
「はいっ」

わたくしは息が切れてきていた。しかし我が君はなんら疲れていないご様子。どうしてこんなにも体力がおありになるのだ。ここ数ヶ月はわたくしと全く同じ生活をしていたのに。

我が君のご命令通り左に曲がった次の瞬間、赤の閃光がわたくしの腕を掠めた。人通りがないとはいえ、ここはマグルの世界であるのに!そこで思う。人通りがない、というのは、おかしい。ここはロンドンの大通りからそう離れてはいないのだ。そうだ、先ほどまでたくさんの人々とすれ違っていたではないか。この道にはマグル避け呪文がかけられている。我が君が左に行けと仰った。―――なんて鮮やか。いつの間に、呪文を放ちなさったのか。

店のショーウィンドウのガラスが割れ、破片が降り注ぐ。我が君が杖を振り、それは弾けて消えた。わたくしの心は凪いでいる。デスイーターのときもそうだった。我が君もご一緒の、大勢での任務では、わたくしは死の恐怖に震えることはなかったのだ。闇払いや不死鳥の騎士団に殺されるなど、考えもせず、ただこの任務で死ぬことがあるとすれば、我が君のお手にかかってであろうと、安心すらしていた。

我が君がわたくしの前にお立ちになるので、殺気の主たちの顔はひとつも確認出来なかった。

「何のつもりだ」
「ヴォルデモートだな」
「あ、人違いです」
「ふざけるな!死ね!!!!」
「チッ、冗談で済ませてやろうとしたのに」

そう、力だ。この御方は強い。濃厚で、底知れぬ魔力がある。そしてその魔力の味が、わたくしを包む。冷酷、狂暴、鋭利で、心臓に突き立てられるような。しかし時折わたくしはそのなかに寂しさを感じとった。やわらかな優しさを感じとった。我が君には人を殺すことよりも、人を守ることのほうが似合っていると、考えもした。だから安心したのだ。

「我が君、殺さないでください」

わたくしが杖を抜く間もなく、三人の男は気絶していた。我が君が次に放つものをわたくしは知っている。嫌だった。人を殺した後のひきつった笑顔ではなく、穏やかな笑顔が、わたくしには大切なものだと思えた。

「この者たちは、おれさまに恨みをもつ一部だろう。いま殺さなければ、また狙われるかもしれない。次には仲間をもっと増やしているかもしれない。…分かって言っているのか」
「ええ、我が君。しかし、殺さずともよいのです」

記憶を奪うだけで、事足りるとは思われませんか?





「疲れたか?」
「いいえ。良い運動でございました」

買ってきた、香りのよい紅茶。一口飲めば、慎ましやかな甘味が喉に落ちた。そして我が君は笑いなさる。おだやかに。

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