すこし、風の強い日でした。それでいてすこし、汗ばんでしまうような陽気が、溢れていました。


「あ、」

わたしと彼の口のかたちが重なった。そしてまた、同じものを見ていた。ヒラリ、ヒラリと、風にまかれて、わたしのハンカチーフがとんでいく。額の汗を拭おうとポケットからそれを取り出した刹那の出来事だった。中庭に面した、半分外にあるような廊下は、一際つよい風をそのまま通したのである。わたしの手から離れたハンカチーフは、長い廊下の、先へ、先へと。だけどわたしは追いかけようとはしなかった。その先に、「あ」と口を開けた彼が立っていたからだ。

「アクシオ」

自由に宙を舞っていたのが唐突に、引っ張られ、彼の手の中に収まる。レースのハンカチーフは、ハンサムな彼の手に触れられて、恥ずかしがっているように見えた。事実持ち主のわたしは、恥ずかしさから赤面していた。何が恥ずかしいのかと言われたらうまく答えられないけれど、原因がシリウス・ブラックくんにあるのだけは明確だ。

すらりと長い足が右左交互に動いて、わたしのほうにやってくる。

「これ」
「あ、ありがと」

意味もなくどもってしまうのは、わたしが彼に、憧れに似たほんのちいさな恋心や、恐怖を抱いているせいで、今はその恋心が、急速に膨らんでいた。ホグワーツで一番ハンサムで、それでいて一番の問題児で、目立つ、彼に、女の子たちはみんな、一度くらいほのかに恋をしたことがあるんじゃないだろうか。(彼を好きなわたしが言うことだから、すこしばかり過大評価かもしれない)

わたしの手に帰ってきたハンカチーフは、もう少し彼の手の中にいたかったという不満と、ああやっと帰ってこれたという安心を、半分ずつくらいに持っているにちがいない。

飛んでしまったハンカチを取って、渡してもらった。その時にちょっぴり会話した。

それだけのことなのに、どうして、わたしは、完全に、彼を好きになってしまっていた。ちいさな恋が、むくむくと、おっきく。(好き、大好き)




101121 ニコ

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