風のない日でした。それでいて、空は曇り、じっとりした空気が溢れていました。

「よう」
「こ、んにちは」

ばったり廊下で出くわして、ブラックくんに誘われるがまま、わたしは彼と一緒に、人気のない廊下を歩いていた。本来なら、授業をしているはずの時間。ブラックくん関係でサボってしまうのはこれで三回目だ。さっきまでポッターくんと遊んでいたらしい彼の額には薄く汗が浮かんでいて、ブラックくんはそれを手の甲で拭おうとした。

「あ、これ使って」
「ん?ああ、ありがと」

偶然にもあの時のハンカチーフが、ブラックくんの汗を吸い込む。洗って返すよ。という彼は、気付いているのかいないのか。

「大事なハンカチだもんな」

覚えていたらしい。わたしは何ともいえなくなって、ただブラックくんのあとをついて歩いた。ブラックくんがわたしを好きになってくれただろうときから、わたしの恋心も大きくなったんだよ。大好き。そういえたら、いいのに。恥ずかしくて、勇気がなくて、情けない、わたし。

「…ここで、俺が拾った」

いつの間にか、中庭に面した、半分外にあるような廊下に来ていた。あの時の廊下。やさしく微笑みかけてくれる彼を見ると、今よ、今いいなさい、わたしの恋心がそう急かす。

「あの、わたし」
「黙って」
「え」

そっと、抱きしめられた。この間、湖にいったときの勢いのようではなくて、ゆるゆるとやわらかく、春に包まれているみたいだ。ブラックくんの端正な顔が、そのまま近づいてくる。そして、わたしの唇の上に重ねられた、感触。

キスされてる、と、そう思った。

バチン!

ああ!勝手に出てしまったわたしの手よ!また彼を叩いてしまった!ひどく傷付いたようなブラックくんの表情は、わたしが作ってしまったのだ。

「ごめん。嫌だった?」

もう、わたし、わたし、さいてい。

「ちがうの!ちがくて!そんなわけじゃ…はっ恥ずかしくって、ごめんなさい!」
「うん、いいよ」

今度はぎゅっと、強めに抱きしめられる。

「好きだっていったときも、ハンカチ手渡したときも、顔真っ赤にしてた」

「君をだきしめたいって、その時思ったんだ」

「ねえ、何にもいわなくていいから」

わたしの深く深くまで浸透する彼の低い声は、体を麻痺させていく。髪を撫でられれば、何も考えられなくなる。わたしの目が、耳が、唇が、心臓が、身体中の感覚が、彼のことが好きだと、わたしにいいきかせる。ブラックくんの胸に埋まってしまったわたしは小さく、だけど精一杯の返事として頷いて、広い広い男の人の背中に腕をまわし、ぎゅっと力をこめた。

「もう叩かないよな?」
「うん、しないよ」
「キスしてもいい?」
「…きっ、きかないで」

頬に手が添えられる。もう一度感じたブラックくんの唇は、とても熱かった。

「ブラックくん、あのね」
「シリウスって呼んでよ」
「じゃあ、しりうす」

好き!大好き!



110321 間宮

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