あたしの大好きなひとは、あたしを恋愛対象として見てくれなかった。だからあたしはそのひとのことを、シリウスさんのことを、忘れようとおもった。シリウスさんに恋をしたことを、葬ろうとした。
「しりうすさん」
あたしはシリウスさんの前にたっていた。彼はあたしの肩にやさしく両手を置いて、涙がこぼれそうなあたしを、心配そうに見つめている。
「何があったんだ?どこか痛いのか?」
「もう、やなの。たすけて」
苦しくて、苦しくて、悲しくて、しんじゃいそうで、あたしはシリウスさんが大好きなのに、どうして諦めなくちゃいけないのか、わかんなくなって、どうしてシリウスさんがあたしを見てくれないのか、切なくて、不安で。そしてシリウスさんに、会いたかったのだ。(どうして、すきになってくれないの?)
「あたし、シリウスさんがすき」
彼のグレイの瞳が一瞬、大きく開かれる。たっぷりとした、沈黙が流れた。あたしの肩から、シリウスさんの腕が離れていく。ああ、まって。いかないで。彼は眉を下げて、困ったように、だけども誠実そうに、瞳を揺らしていた。
「…私は、君を、そういう対象として、見ることは出来ないよ」
「いや」
「レイ、」
「ちがうもん、そんなの」
「レイ、」
「あたしは、あたし、シリウスさんじゃなきゃだめ」
「レイ、聞いてくれ」
シリウスさんはおとなみたいに落ち着いている。ふだんから、ハリーがいるいないで機嫌が変わったりして、こどもっぽいのに、こんなときだけ大人みたいな表情をして、ずるい。あたしばっかが精一杯で幼くて、彼は余裕で。
「君はまだ若いし、私は世間では脱獄犯なんだ」
「それがなんだっていうの!」
歳なんて!周りの目なんて!それが気になっていたら、あたしはこんなにも、胸が爆発しそうなくらい、シリウスさんをすきになるわけがないのに。
「あ、あたし、シリウスさんからしたら、子供だけど、でも、こ、子供じゃない!」
体が震えた。寒くて、あつくて。背筋からがくがくと、さきほどまでの、事実が、あたしを揺さぶっていた。
嫌な感じしかしなかった。すこしも気持ちよくなかった。キスされても、首筋を舐められても、肌をきつく吸われたって、全然、よくなかった。結局、あのひとが寝ている間に、あたしは逃げた。気持ち悪くて、なまぬるいしたべらの感触や、だえきが、あたしの体を蹂躙してゆくよう。恐怖と痛みしか、なかった。
「いやだったの。しりうすさん、たすけて。あたしをたすけて」
あのひとはあたしを心の底から、好きになってくれたから、いいかもしれないなんて、思ったの。シリウスさんを忘れようと思って、あたし、頑張ったの。いうつもりはなかった。好き、て、いって、シリウスさんを困らせようなんて、考えてなかった。
だけど、だけど、
「だめだった、あたし、シリウスさんしか、おもえない。すきになれない」
あたしは情けなく、泣き崩れた。よごれてしまったからだへの嫌悪感は、もう一生、ぬぐうことが出来ないだろう。手で顔を覆って、泣いた。シリウスさんが動く音がした。足早に、あたしから離れていく。おわってしまったんだと、そう思った。だけど、足音が止まって、また、近付いてきた。ゆっくりした歩調だ。あたしは顔を上げた。シリウスさんがあたしを見下ろしていた。
「私が、どんな気持ちだったか、君には分からないだろう?」
強く腕をひかれて立たされる。力が入らなくてまた座り込みそうになったけれど、今度はシリウスさんの腕が、あたしの腰に回ったのでそうはならなかった。熱い瞳だ。グレイの色が、もえている。
「シ、リウス、さ、ぁ」
シリウスさんの指が、あたしの涙をすくいとっていった。ゆっくり、ゆっくり、まるでその一粒一粒が、世界でいちばんたいせつなもののように。
「泣いてくれ、もっと、私のために」
髭が、ちくちくして、それなのに彼のくちびるはやわらかく、熱を孕んでいた。次々と、とまらなくなったなみだを舐めとられることを嫌だとは感じない。しんでしまいたいとおもった。大好きなひとに触れられているだけで、こんなに満たされてしまうだなんて。あたしはシリウスさんの体にしがみつきながら、シリウスさんのくれるキスに酔いしれた。気持ちよくて、おかしくなってしまいそうだ。
「レイ」
あたしの名前を呼ぶ声は、聞いたこともない色をしていて、掠れている。こんなシリウスさんは知らない、けど、愛しい。
「シリウスさん、すき、ねえ、だいすき」
くちびるが合わさっては離れて、もう一度くっついて、そのうち、あたしの口内はシリウスさんの舌に侵略された。
「あ、ぁ、も、シリウスさん、いっぱいにして、あたし、を、ん、や」
いきができない。でも、このまましんでしまってもいい。
110220 間宮