(2004年版のオペラ座の怪人映画)





孤独の中で震えるかれをだきしめたかった。ぎゅうとつよく、だきしめて、あなたをあいしていると言いたかった。狂気じみた愛の内側には、ただ愛されたいだけの、ちいさなおとこのこが眠っている。それにだれも、気付かない。かれの叫びは音楽になって悲しく空気を震わせているのに、だれも、聞こうとしない。

「ねえ、えりっく、わたしは、きこえるよ」

あなたの音楽が、歌声が聞こえるよ。さみしい、さみしい、って、くるしんでいるのが、きこえるんだよ。不思議だね。わたしはこんなにもかれをあいしているのに、かれにはちっとも伝わらない。仮面の奥になにを隠しているの?醜い顔?さびしいこころ?

「ねえ、えりっく、だいすき」

好きって言っても信じてくれないなら、そうっとだきしめるよ。手をにぎるよ。仮面を取って、あなたの嫌うあなたの顔に、いっぱい、キスを。

「ねえ、えりっく、かおをあげて」

これ以上、ひとりぼっちで時を刻まないで。ひとりぼっちで泣かないで。わたしが涙をぬぐうから、おねがい、独りにならないで。エリック、わたしはあなたが大好きなの、あいしているの。あなたの情熱的で真っ暗な音楽の中に秘められている、つめたいつめたい孤独をみつけたときから、あいしているの。わたしはあなたの音楽が聞こえたよ。あなたの叫びが聴こえたよ。

「ねえ、えりっく、なかないで、もう、なかないで」

前も後ろも右も左も、上も下もわからない暗闇の中、座りこまないで、わたしを探して、少しだけでいいから、わたしをおもって。

「寂しいんだ、とても。何故だろう?何故だと思う?私にはわからない」

それはね、エリック、あなたが愛し方をしらないからなの。愛し方がわからないと、あいされていても、気付けないからなの。ひとりぼっちで苦しくて、走っても走っても、誰も見つけられないからなの。

「ねえ、えりっく、愛はね、うばうものではないのよ」

つう、と流れるかれの涙は、ひどくうつくしい。ああ、どこが醜いというの。こんなにも、うつくしいって、エリック、あなたは知らないんだね。椅子に座るかれの大きな体を、わたしの腕をいっぱいに広げてきゅうと包んだ。震えも、つめたさも、ぜんぶまとめて、だきしめた。頬にふれて、涙をぬぐった。ひとつ、キスをした。

「ねえ、えりっく、仮面をはずして」

わたしがあなたを愛するのに唯一の障害は、この仮面。無機物、なんと憎らしい、真実を覆い隠してしまうものであろうか。だから世界はあなたを見つけられない。蝋燭の灯りに照らされたかれの顔の半分は、確かに、他のひととは違う。

「醜いだろう?恐ろしいだろう?」
「きれいよ、えりっく、とっても、きれい」

どうしたらかれに伝わるのか。外見なんか関係ないってこと。わたしがかれをあいしているということ。

赤くただれ、不自然なでこぼこのあるかれの頬に、わたしの指先がふれる。びく、と動くかれの体。ふれた頬は氷のようにつめたい。

「ねえ、えりっく、これじゃあ、さむいよ」

神様、どうか、凍えているかれに光を与えてください。たったひとり、自分を支え、生き抜いて、たったひとり、孤独だけをともだちにして、荒野を歩んできたかれを、救ってください。

「ねえ、えりっく、あいしてる」




think of me
masquerade
learn to be lonely
no one would listen


どうかそばにいさせて




100904 ニコ

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