きみのあたまのなかみ
いったいなにが
つまっているんだ?
そう言ったら彼女はにんまり笑いながら腰をうにゃりとくねらせた。いやらしい笑顔。いやらしい動き。すこし上擦った彼女の声が、狭い部屋に響く。
「わたくしはわたくしよ!わたくしであってわたくしでないのも、わたくしよ!」
さらさら、乱れる黒髪、シャンプー、人工的なかおり。頬をピンク色に染め、彼女は興奮したようにベッドの上を飛び跳ねる。ばさばさ。ぎしぎし。おそろしいほどの笑みを浮かべて、とびはねる。
「シリウス!あなたはなあに!あなたはだあれ!」
「俺は俺だよ、きみはだれだい?」
「わたくし?わたくしはだあれ?さあ、答えよ!わたくしはわたくし!脳みそには、赤いものが詰まっている!!わたくしの頭の中身は、あめ、よる、ふゆ、たいよう!かぜ!」
彼女は優等生だ。いつもは、レイブンクローのネクタイをきっちりと締めて、ワイシャツの裾は膝丈のスカートの中に入れ、ローブを羽織り、ふんわり笑っている。ひとを差別することなく、男女ともに友人が多い。勉強熱心、成績優秀、加えて容姿端麗、運動もできる。そして俺の恋人。
彼女の「誰からも愛される」、「すばらしい」、性格のおかげで、俺たちは祝福されていた。みんなには、俺たちがすてきな恋人同士に見えるらしい。
今、彼女の首にはネクタイが絞まっている。きつくきつく、赤い痕がつくほど、きつく。燃えるように赤い、ブラジャーとパンティは、彼女の白い肌によく映えていた。
ああ、これが鷲寮の誇るべき、優等生の真の姿!
美しい髪を振り乱し
下着だけを身に付け
にやりと口を歪める
彼女の姿を見よ!
否、見るな!
「あなたはシリウス!お星さま!シリウス・ブラック!なんと哀れな男の子!」
「俺は、可哀想?」
「可哀想、おおぉ!可哀想!」
時折、彼女はこうしてすべてを吐き出す。小さい体の内に秘めた狂気をすべて、吐き出す。演技がかった仕草で自分の頭を抱え、かきむしる。長い髪は絡まったかと思えばするすると元に戻った。
「かわいそうよ、わたくし、あなたが可哀想で可哀想で、なみだがでるの」
こぼれた涙を拭うこともせず、ベッドの上に崩れるように座り、彼女は部屋の隅に立つ俺を見つめた。どんよりと濁った漆黒の瞳からあふれる雫は透明に輝く。はらはらと、頬を伝い、顎から垂れて、鎖骨のあたりに落ち、胸のふくらみに従い谷間へと流れる。
「シリウス、シリウス、ここへ来てちょうだい」
「嫌だよ」
「どうして?わたくしが嫌いなの?」
「いいや、愛しているよ」
「なら、それならだきしめて、口を吸うてください」
「今きみにキスしたら、可哀想な俺は自分を止められる自信がないんだ。きみを壊してしまうまで、離さなくなる」
先程までの笑顔とは一変、整った眉をハの字にして彼女は手で顔を覆い、激しく泣き出した。
「泣かないでくれ、きみのそんな姿を見るのは悲しい」
「わたくしが、可哀想?」
「ああ、可哀想だ」
「シリウス、わたくしたち、可哀想なのね」
「ああ、そうかもしれない。俺たちはふたりして、可哀想だ」
震える腕で自分の首を絞めているネクタイをゆるめ、彼女はそのまま薄く痕がついたそこを指でなぞった。しばらくそうして、幾分か落ち着いたらしい。ふうう、と深く息をつき(彼女の豊かな胸のふくらみが上下するのがたまらなく美しい)、俺がかろうじて聞き取れるくらいの声量で、呟いた。
「シリウス、わたくしとあなたは愛し合っているのに、どうしてこんなにも、お互いに、空虚を抱えているのかしら?」
彼女は「優等生」の顔をしていた。「優等生」に深紅の下着は似合っておらず、俺はそれを引きちぎりたくなった。
「優等生のレイ・オルセン、早くいつものように制服をきちんと着て、いつものように薄っぺらな柔らかい笑顔を浮かべておくれ。そうすればきっと、すこしは空っぽじゃなくなるだろう」
「あなたはどうするの?」
「俺はいつものように、親愛なる友人たちと笑い、自分を満たしていくよ」
「わたくしとあなたは、もうおしまい?」
「いいや、おしまいなんかじゃない。だって俺はきみを愛しているし、きみは俺を愛しているだろう!なぜ別れる必要がある?」
「でもわたくしたち、ふたりでいても独りぼっちなのよ」
「じゃあ、きみは俺との関係を絶ってもいいのか?」
「いいえ、嫌よ、嫌。優等生の役を演じるレイ・オルセンには、独りぼっちでも、あなたが必要なんだわ」
そう言うと彼女は乱雑に涙をふいて、そこら中に散らばった服を集めて身に付け始めた。優等生の皮がどんどん分厚くなっていく。最後にローブを羽織ると、彼女はふんわり、笑った。頬に涙のあとはなく、首にも、痕はない。
「シリウス、だいすきよ」
俺の頭にあるのは、雨と、夜と、冬と、太陽!そして風!彼女の涙!
100909 にこ