三善清行の字は三耀と居逸なんだって
妻問婚とか家の構造とかは分からない




三耀さまは聡明な御方です。帝にお仕えになっていらっしゃる上に、漢詩文にも精通なさって御座います。母と父の顔なぞ覚えていない、みなしごのわたくしを拾ってまでくださいました。薄汚い農民の子供を。

三耀さまは、美しいお人。心の清らかな、わたくしの主人。まっすぐな御方。そのせいか、腹の内の濁った輩は、三耀さまを妬むのでしょう。正当に判断なさいません。三耀さまは誰よりも民のことを思っていらっしゃいますのに。どうして帝はお分かりにならないの。上面の言葉に騙されてしまうなど、なんて空白の王。

ああ、違うのです、御上を否定するつもりでは。わたくしといえば、さっぱり学が無いのを、告白いたします。ですから、三耀さまに何度、帝の統治なさる、この神の国の尊さを教わっても、忘れてしまうのです。

「わたくしのような者を側に置きなさって、よろしいのでしょうか」

いま三耀さまは午睡に耽っております。このところ、何日も何日も、帝のもとへ参上なさっておりましたから、お疲れなのでしょう。俗世を離れたかのようにものしずかで、お美しいご尊顔。清閑な、とでも表しましょうか。かすかな呼吸の音を聞いていますと、わたくしの、体の中心がきゅううと締め付けられる心地がいたします。これは、病なのだとおもいます。

「学の無いわたくしには、三耀さまの仰ることも分からずにいますのに。お役に立つことなぞ、出来ませんのに。」

三耀さまはわたくしに、お心遣いも教養も、くださりました。わたくしは三耀さまに、何も差し上げられません。

「その通りであるならば、私はとうの昔に、あなたを捨て申し上げているでしょうよ」
「あら、驚かれましたか」
「はい。少し前から」

起き上がりなさり、後ろ髪の、跳ねてしまったのを撫で付けながら、三耀さまは目をほそめて、微笑みなさいます。ここでもわたくしは、きゅううと苦しくなりました。わたくしは、三耀さまのやわらかなお声と笑みに包まれて死ねることが、この世で何よりの贅沢だと、常々考えております。

「何を気にかけていらっしゃいます」
「三耀さまのお手を患わすほどでは。取るに足らないことで御座います」
「取るに足らないかどうかは、私が決めることでしょう?あなたは私の物なのだから」

三耀さまの御手が、わたくしの頬をすっと撫でてゆきます。ひんやりとしていらっしゃいましたので、――そういえば最近、めっきり風が冷たくなってきております――格子を下ろそうと思い、立ち上がりました。

「きゃ、」

ふいに、髪を強く引っ張られ、わたくしは背中から倒れました。三耀さまは、どうしてなかなかたくましい方でいらっしゃいます。いとも簡単にわたくしをお受け止めになってしまうのです。

「あなたは、」
「はい?」
「あなたは私を、古の聖人のようにお思いになっているけれど、いや、全く、違いますよ」
「いいえ。三耀さまは清らかで御座いますわ」
「私は、いつかあなたに見切りをつけられるかと思うと、恐ろしい」

わたくしの腹にお回しになった腕に、力を込められますと、三耀さまはそれきり、黙り込みなさってしまいます。きゅううと、外も内も締め付けられて、わたくしは目元が熱くなってまいりました。わたくしのこの体は、言葉は、命すべては、初めからあなた様の物ので御座います。三耀さまも先に仰っていたではありませんか。わたくしはそう申し上げたいのに、ついに涙がひとつふたつこぼれてしまって、そうなると熱く震える喉には、声を出すことなどかなわないのです。

三耀さま、あなた様はわたくしを物だと仰いました。本当に思っていらっしゃるなら、それを扱うようにわたくしに接してくださればよろしいのです。三耀さまはわたくしにおやさしくします、こうして戯れに、お抱きにもなります。本当に三耀さまの所有物になれるのなら、わたくしは安心して笑っていられるのでしょう。

お恨み申し上げます。三耀さま。わたくしが、あなた様を慕うこの病は、あなた様がお作りになったのですよ。かなしくて、かなしくて、身を焼き尽くすほど。

何故泣いているのだと、三耀さまはお問いになる。三耀さまのせいですと、わたくしは心の内で、申し上げる。



「いってらっしゃいませ」

今日も内裏へ参上なさるようで。お見送りをするとき、わたくしはやはり、わたくしからこの御方をとらないでと、帝を恨めしく思ってしまいます。

「そう切ない顔をなさらないでください。」
「していません」
「意地を張るのはよくないな」

三耀さまのお顔が近づいてくるので、わたくしはそっと目を伏せました。いつか、お別れの日が来るのかもしれませぬ。人のこころは移ろいゆくものと決まっております。しかし今一時でも、三耀さまのおやさしさを受けることができさえすれば、それがわたくしの本望なのでございます。

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