(こっち向けこっち向けこっち向けこっち向け…)

わたしの視線の先に誰がいるかって言うと、スリザリン生の憧れの的、ルシウス・マルフォイさんなのである。もっとも、マルフォイさんは寮に関係なく女性には紳士的なので、ホグワーツ生の(女性の)憧れの的と言っても語弊はないだろう。この場合女性には。ってところがミソなんだけど。

(あ、向いた!ぎゃあやっぱ向くな死にそううっひゃあ!)

とっても純血主義なマルフォイさんは、純血でない男性にはとおっても手酷く当たるのだ。わたしは一度だけその様子――薄暗い廊下にいるマルフォイさんと、多分後輩の男性――を不運にも見てしまったことがあるんだけれど、その日から三日間くらい怖くて寮の部屋から出られなかった。マルフォイさんの、いつもは柔らかな光を帯びているアイスブルーのうつくしい瞳が、一瞬で刃物のように尖って、辺りの空気を無差別に切り散らしていく。その戦慄さと言ったら!

(うわわわわわめっちゃきれいな顔してるよっこっち歩いてくるよぎゃああああどうしようううう)

そんなマルフォイさんの視線は男性を焼き殺すのに十分だった模様。わたしは以来腰を抜かしていたあの時の男性を見かけていない。つまり何が言いたいかっていうと、マルフォイさんは紳士的であり、恐ろしくもあり、うつくしくもあり、わたしが魅了されてしまったのは致し方ないということだ。もうっ、好きなの。きゃあああってなって、ぎゅううってなって、触れたくなって、これが恋よね!

(あ、笑った)

上質そうな黒い生地のローブ。さらさらのプラチナブロンドは後ろでゆるく、緑色のリボンで束ねられていて、歩く姿は誰よりも優雅。ホグワーツ城ですら、マルフォイさんを前にしてはただの背景と化してしまう。

(わたしも、彼にとっては、)

マルフォイさんはわたしを見たわけではない。わたしの隣を見たのだ。マルフォイさんはわたしのほうに歩んできたわけではない。わたしの隣にたっている女性に向かってきたのだ。マルフォイさんは、彼の婚約者に微笑みかけたのだ。わかっている、そんなこと誰だってしっている、しっている。だからみんな、マルフォイさんに憧れている。好きになったりなんか、しない。

「じゃあわたし、先行ってるね」
「なんだかごめんなさいね」
「ふふ、気にしないで」

マルフォイさんの意識の中、背景にならないのはナルシッサと、帝王くらいなのだろう。それでも、マルフォイさんと視線が交わりますように、マルフォイさんと会話ができますように、マルフォイさんにわたしを見てもらえますように、と、願ってしまう。マルフォイさんがわたしのほう(否、わたしの隣にいる彼女を)を見るたびわたしのほう(否、わたしの隣にいるナルシッサを)に向かってくるたびわたしに(ナルシッサに!)微笑みかけるたび、期待してしまう。ぎゅううってなるのよ、いたいの。触れたくなるほど、いとしくて、たまらないの。ああ神様、

どうか、どうかどうかどうか、こんな恋心が消えてしまいますように。(神様はわたしのお願いなんてこれっぽっちも叶えてくれない)

少しして振り返ると、マルフォイさんとナルシッサが寄り添いながら歩くのが滲んで見えた。



100620 ニコ


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