ひとつだけ言えるのは、わたしは退屈でしょうがなかった。ということだ。


じゅぶ、と、卑猥な音。背中に突き立てたナイフは肉を切断し貫通して、腹部にその鋭利な先端をのぞかせた。揺らぐ身体。生暖かい血が鈍く光る刃を伝ってわたしの手元を濡らす。思っていたよりずっと赤黒くて、生暖かくて、嗚呼、なんていやらしい。

「な、にを」
「あなたを、刺したくなってしまったの」

ナイフを抜けばぴゅっ、ぴゅっ、と、血が噴き出した。まるで精液のようなそれにわたしの背筋は熱く震えて、膝をつく彼をうしろからぎゅうと抱きしめる。荒い息づかいはやはりセックスのようで、わたしの熱はとどまることをしらない。熱い、熱い、あつい。痛みに歪んでいるだろう顔が見たくて、無理矢理体をひねらせ床に倒す。抵抗のなかった四肢は重い音を響かせながら、わたしの眼下に仰向けに転がった。なんだ、つまらない。端麗な顔にはいつも浮かべている仏頂面を貼りつけたまま。馬乗りになって顔を近づけても変わらない表情。

「ねえ、いたい?」
「馬鹿にするな」
「いたいの?」
「お前は、っあ、」

彼の言葉を遮るように、血が流れだしている傷口に膝を押し付けた。眉間にシワがよる。苦痛が滲んだ喘ぎ声はわたしの子宮を震わせるのに十分すぎて、たまらずに彼のくちびるにむさぼりついた。べろり。舐めると薄くひらく口。

「ふ、ふふ、」

これに興奮せずにはいられるだろうか!彼がわたしの言いなりになっているのだ。世間で恐れられている闇の帝王が、出生もわからないような女の、言いなりに!じわじわ脳髄を満たすものは、病みつきになりそうな、甘い甘い、快感。

薄い隙間に舌をのばし、夢中で彼のそれに絡めた。ぬらりぬらり、わたしとは別の意識の中で独立したかのように動く舌は唾液の交換をつづける。生ぬるい粘液、舌べらはひとつの生殖器じゃないのかしら!腕が伸びてきて、どこにそんな力があったのか、頭を押さえつけられた。ぬるりと歯列を舐められる。歯の裏から、奥歯までねっとりと。「ん、ンン」飲みきれない唾液がわたしの口からこぼれて彼の顔を濡らした。時折吸われたり、甘噛みされる度に熱はあがる。ぬらり、ぬらり。赤い舌。絡み合う様子は猥褻な光景に見えるのだろうか。

「は、あ、ハアっ、」
「気は済んだか」

唇を離し彼の胸の上に倒れると、感情のこもっていない声が直接耳に響いてくる。「もう少し、余韻を味わったら?」深い深いキッスをしたあとぐらい、雰囲気を大切にしてちょうだい!また傷をえぐってやろうと思っても、そこはもう血が止まっていた。え、どうして。ぐるん、一回転。

赤が二つ。鋭い光を宿してわたしを貫いている。にやりと、きもちのわるい笑み。彼に押さえつけられたわたしの両腕は痛みを訴え、脳にたえまなく信号を送っている。

「傷、いつの間に、」
「杖はいつも持ち歩いている」
「やだ、キッスしてる間に治しちゃったのね」

退屈よ、退屈なの。と、呟いてみた。彼に誘拐されてから、この薄暗い屋敷に幽閉されて、友だちなんてもちろんいないし(デスイーターならたくさんいるけど、友だちとは言い難いでしょう?)、ペットですら、犬でも猫でもふくろうでもすべてナギニに食べられてしまう。時折聞こえるのは小鳥のさえずりじゃなくて、だれかの断末魔の悲鳴。屋敷にかかった防衛呪文が強力すぎて、学生時代の友人と文通もできない。最もその頃の友人とってわたしはヴォルデモート卿に殺されたことになっているらしいから、無理なことなのだけれど。

その退屈な日々を壊そうと思った。それがつまり、彼を、刺すことに繋がったわけで。それによって彼が死んでも、退屈ではなくなるし(わたしは魔法界の英雄だろう)、彼が生きていても、たのしくなるだろう(そう、例えば、今みたいな状況)。


「馬鹿女が」

「黙っていろ」


乱暴にあわせられたくちびるは、熱い。


「貴様には、俺様さえいればいいだろう?」

真剣な顔でそう言われてしまえば、わたしは頷くしかないのだ。そしてまた明日から、暇をもて余すのだろう。



100627 ニコ
手持ち無沙汰な少女

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