鼓動するように歩いてよ。
ホラ、風の断末魔が聞こえるでしょう?




レースのカーテンを幾重にもひいて、繊細で、壊れやすい夜がやってきた。藍と闇のグラデーションの中にぽっかり浮かぶ月。遠吠えをしたのは人狼だろうか。暗い部屋。綿密に、きれいな細工をほどこした、額縁のような、まあるい窓がひとつ。たったひとつの絵画の景色は夜。開け放てば、じわりじわり、生暖かい空気が浸食を始める。風。

「起きていたのか」

最近買ってもらったパジャマのワンピースはかわいいレースがついていてお気に入り。ただ少しぶかぶかで、慌てると裾をふんずけて転ぶのが難点。帰ってきた彼のもとに駆け寄ろうとしたわたしが上質な絨毯の上に転がったのは言うまでもない。無言で差し出された、闇の中に青白く浮かぶ手を取って立ち上がる。盛大なため息の音は聞こえなかったことにした。

「おかえりなさい」
「ああ」

疲れた。そう言って、ベットに崩れるように寝転んだ彼はまたすぐに起き上がった。その端正な顔の眉間にはシワ。

「…なんだこれは」
「星空です。素敵でしょ?」
「お前は、」
「え、どうかしました?」
「いや、もういい」

魔法通販で頼んであった星空は、小ぶりで古くさい瓶の中に入っていた。ベットの上でうっかり、呪文を当てて、うっかり、割ってしまい、天盤には星空が広がっている。もしも外で割ってしまったら、空の星は増えるのだろうか。

「そこで寝ているとね、わくわくして眠れないんです」
「……ワディワジ」
「やだ!それティーポットなのに!」
「知らん」
「紅茶も入ってたのに!」
「知らん」

逆詰めされた星空は、ベット脇のテーブル上のティーポットへ。ぼすり、音を立てながらまた寝転ぶ彼は本当に疲れているらしい。

「疲れました?」
「ああ」

大きく息をついて目を閉じた彼は、布団もかけずに眠りについた模様。

「寝たの?」
「ねえ、寝た?」
「本当に?」
「…嘘!本当に寝たの!?」

「お前は一人で騒がしいな」

「よかった。闇の帝王が疲れたからお休み三秒、だなんて笑えませんよね」
「………」

わたしを睨む赤。星よりもずっと、闇の中を輝く。

「来い」

逆らえない光。広げられた右腕にとびこむと、力強くだきしめられる。服からであろうかすかな血の匂いは、すぐに彼自身の芳香にかき消された。彼は、においまでわたしを惑わせるのだ。低めの体温は先ほどの生暖かい風を思い出させた。

「レイ」
「はい」

名前を呼ばれれば、彼の長くてうつくしい指にわたしのそれを絡めとられる。きゅ、と握られると、わたしの心臓もおかしくなる。すぐ近くにある赤い瞳はわたしを捕えて離さない。

「眠るな」
「はい」

明日の朝になったら、星空と混ざった紅茶を飲んでみましょうか。ティーカップは、そう、棚の奥にある、古くさいやつがいいですね。ベットのまわりに電飾をつけて、控えめな甘い香りのアロマキャンドルをひとつ置いて、ああ、両方マグル製じゃなきゃだめですよ。わたしはお気に入りのブラウスとスカートを着ますから、卿は余所行きのスーツ、着てください。ローブはだめです。分厚いカーテンをしめて真っ暗にしたあと、まあ窓はひとつしかないから簡単ですけど、そしたら紅茶を暖め直して、だしてみましょう。星空が天井いっぱいに広がるかもしれないし、湯気の中をはじけるかもしれない。ねえ、どちらにしろロマンチックだもの!

「ああ、明日になったらな」

くちびるの端にキスを落とされた。ゆるやかに笑う彼を、わたしはあいしている。




100504 ニコ

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