「先生、好きです」

思いの外レイの言葉はあっさりとこの場の空気に浸透していった。背筋を伸ばして凛と立つ彼女の目には涙がたっぷりとたまっていて。今にも崩れ落ちそうな少女をこの腕に閉じこめられたなら、どんなに自分の心は満たされるだろうか。クィレルは衝動に駆られて腕を伸ばしかけたが直後、頭に直接響いた甲高い声に従い強く拳を握った。

「み、ミスオルセン、わ、私はき、君の気持ちには、答えられな「嫌です」

キン、とクィレルの言葉を遮り波紋が広がるように発せられたその声は、確かにクィレルの脳を緩やかに満たしていく。レイの漆黒の瞳からはついに一筋、涙がこぼれた。

「どうしてですか、どうして」

震える口調とは裏腹に彼女は凛と、立ち続けていた。レイは動いていないのにふわりと漂ってくる、果物のような花のような、石鹸のような、不思議な甘い香りにクィレルは足元がぐらついていくのがわかった。「どうして、先生、」震えた声、自分のローブをぐしゃぐしゃになるほど強く握りながら、レイはまっすぐに、恋人を、見つめ続けた。

「先生、どうして?どうして変わってしまったの?」
「変わってなど…」
「たっ、確かに先生はちょっと気が弱くて、自分のローブにつまずいたり、スリザリンのひとにいじめられたり、っしてたけど!」
「…………」
「でも、わたしを、あいしてくれてたじゃないですか…」

ぜんぶ嘘だったんですか?そう言うレイの瞳からは宝石のように輝く雫が溢れ続けている。ぽたん、ぽたん、と、自分の私室の木の床に染み入っていくそれからクィレルは目が離せなくなった。その涙を拭えたなら。その体を抱きしめられたなら。キスをして、愛を囁いて、――今となってはもう遅いのだ。準備はすべて整った。偉大なる魔法使いは偽の手紙の誘導に素直に従い、この城の守りはないも同然。今、やらねば。主の声が脳内を侵食する。早くしろ、そんな女に構うな、殺せ。我が主は完璧であり、私を強くしてくれる。そうだ、私はただ。

ただ、強くなりたかった。愛しい人を守れるようになりたかった。それだけだった。

「レイ、私は君を、」

今となっては、もう遅い。

愛している。と伝えたかった喉は焼けただれ、もう何も発することはできない。強く抱き締めるにも、腕は崩れ落ちた。私は結局最後まで弱く、レイを守ることも、主の役に立つことも、何もできずに朽ち果てていくのだ。




「先生、好きです」

緊張した面持ちで私室にやって来たレイをクィレルはまじまじと見つめてしまった。今、この少女は何と言った?

「先生、好きなんです」

再度広がった声は今度はしっかりとクィレルの脳まで届き処理された。だがしかし、理解不能、の四文字がぐるぐるとクィレルの頭を回る。この年の子どもにはよくあることだと他の教員からは聞いていたが、クィレルはその気の弱さからか生憎生徒に告白されるなどといった経験は皆無だったのだ。



「先生!お茶しませんか?」

理解不能理解不能。こんなことは聞いたこともない…!丁寧にレイの告白を断った翌日、紅茶の茶葉をもって現れたレイ本人をクィレルは前日同様まじまじと見つめてしまった。



「聞いてくださいよ!ドロシーってばこの間、」

お茶をしながら他愛なく会話するようになった。そのティーパーティは日常の習慣の中に割り入ってきたが不快感はなかった。それよりも、レイと話すことは楽しいのだ。くるくる変わる表情は見ていて飽きない。それに、レイはクィレルが話すときはどんなにくだらないことでも(ペットのグリーンイグアナが今日は餌を多めに食べた、だとか、授業中何度もチョークが折れて困った、だとか。)真剣に、たのしそうに聞いてくれたし、反対にクィレルがしゃべらないときは、ほどよく話題をつくってくれる。聞き上手で話し上手。とても心地よかった。



大広間で、友達に囲まれるレイをみつけた。廊下で、色んな人に声をかけられながら歩いているレイをみつけた。図書館で、真剣に勉強しているレイをみつけた。授業中、本当に偶然、目が合った。にっこりと笑って小さく手を振ってくれたレイ。その日の授業中はめちゃくちゃになってしまった。



どうして自分を好きなどと思うのか。クィレルはつくづく疑問だった。友達は寮も年齢も男女も関係なく多く、みんなに愛されている。そんなレイがどうして自分なんかを。勇気を出して聞いてみれば、手に持っていたティーカップを静かに置いて、レイは言った。

「先生は、自分がとても魅力的なことに気づいていないんですか?」



「先生っ中庭の奥に綺麗な花畑があるんです!一緒に見に行きましょう!」

その細腕には不釣り合いなほど力強くひかれた腕。半ば転びそうになりながら、クィレルはレイに従った。着いた先は様々な色の、様々な種類の花が艶やかに咲き誇っていて、レイはクィレルの目を見つめながら綺麗でしょう?と笑った。その瞬間感じた甘美な香りは花畑から漂ってきたものではなかった。

「ねえ、せんせ……っ」

誘導されるように、吸い込まれるように、クィレルはレイのくちびるをふさいだ。「好きだ」絞り出した自分の声は情けないほど震えていた。




ねえ先生、嘘でしょう?死んだなんて、例のあの人を体につかせていただなんて、嘘でしょう?あなたは人を殺せるほど強くはなかったし、人を愛するのにも怯えるくらいに、優しいひとだったじゃないですか。わたし、先生のことがずっと好きだった。先生は覚えていないかもしれないけど、前、男の子に迫られていたときに助けてくれて、強く掴まれすぎて赤くなった腕に丁寧に包帯を巻いてくれたんですよ。マダムに色々聞かれるのが嫌だから医務室に行きたくない、わたしが駄々をこねたのを、笑って、そうだね、って頭を撫でてくれて。

その時からずっと、ずっとずっとずっと、好きだったんです。

「先生…!」

先生、好きです。






100425 ニコ

クィレルがマグル学の教授をしてるときにつきあってて、一年間修行とかでいなくなったクィレルが帰ってきたら変わっててショック!って設定。不完全燃焼…!


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -