レイ・アイカワという女は、こんな笑い方をするやつだっただろうか?
「わたし全然怒ってないよ、だってこんなこと毎日あったでしょう?」
いつも俺の一歩後ろを歩いていて、おとなしくて、地味で、俺が浮気しても、デートの約束をすっぽかしてもなにも言わなくて、いつもへにゃりと笑っている。レイは、こんな、(例えるならキレてるときのリーマスみたいな)笑い方はしなかったはずだ。
三回。三回までは何も言わずに彼をゆるそうと思っていた。(仏の顔もうんにゃらくんにゃらってゆうし、彼は浮気癖があるって噂だった。それにとってもモテるんだからそうゆうことがあってもしょうがないかな、的な)でも、四回目で絶句し、五回目以降は呆れ返ってなにもいえなくなり、十回目ともなれば彼の浮気はわたしの日常の中に組み込まれていた。付き合い始めて一ヶ月もしないうちに、十回以上もの浮気。(彼はわたしが気づいていないとでも思っているのだろうか。)かといって、シリウスに泣きながら怒鳴り散らし殴れるほどわたしの心臓は強くない、どうせわたしはチキンなんだよ!レギュラスにじゃあとりあえず殴ってみるねと宣言してから二週間ほど過ぎていて。
「レイ、大丈夫?」
デートの約束をすっぽかされるのも、これで何回目になるのだろう。さっきジェームズとリーマスの目を盗んで綺麗で大きな胸のお姉さまと校内に戻るのが見えましたー、あはは笑える。(あいつ巨乳すきなのか!でもあのひとほんとはAカップだよきっと。胸の形三角形になってたし。パット詰めてるのかな)
「もう慣れちゃったよ」
わたしが気弱そうに笑うと、リリーが優しく肩を抱いてくれた。
「リリー!さあ行こうか!」
リリーを見つけたジェームズが手を振りながらこっちへやってきた。二人の初デート。よっぽど嬉しいのだろう。こわいくらいにやけている。いいなリリーはちゃんとあいされてて。わたしもうとっくの昔に嫌われてるよ。別れようなんて言えないけど。そんなんでもだいすきだし。
「さあ行こうかですって?よくそんなことが言えるわね!ブラックがまたレイとの約束を破ったっていうのに!あなたは何をやってたのよ!?」
「え?シリウスが?そんな、ここに来るまでは一緒だったんだ!いきなりいなくなったから、てっきりもうレイのところに行ったかと…」
せっかく二人の初デートなのに。いきなり喧嘩になってしまった。うわわ、わたしのせいだよね?いやちがうシリウスのせいか。は、なんだそれ、最悪だ。まじで殴りたい、あの顔使い物にならなくしてやりたい、なんであいついきてるんだろう、誰かあいつ殺してよ。
「ジェームズのせいじゃないよリリー。ほら、わたしのこと気にしないで二人で行ってきて?」
リリーの背中を押したけれど気が進まなそうにしていたから、今はひとりになりたいの、といって無理矢理二人を送り出した。ジェームズに申し訳なさそうな顔を向けられたのでたのしんできて、と手を振る。それでも二人は何度も何度も心配そうにわたしのほうを振り返っていた。
ああ気まずい。これもぜんぶあいつのせいだ!
「レイ、良かったら僕たちと行かないかい?」
「ううん、遠慮しておく。あ、でもハニーデュークスの新作ケーキとか、おみやげにくれたら嬉しいな!」
「はは、わかったよ、じゃあまた」
「たのしんできてね」
リーマスとピーターに声をかけられたけれどそれも断って校内に戻る。目指すはグリフィンドールの男子寮。シリウスの部屋。(もうさっきの先輩を押し倒してる頃だろうか)顔が変形するまで殴ってやらなきゃ気が済まないそしてしね!わたしのいつものチキン症なんてふっとんで、リリーとジェームズに迷惑をかけたこととリーマスとピーターによけいな心配をかけさせてしまった罪悪感。シリウスに対する怒りで頭がいっぱいだった。
「はいりまーす」
いちおうノックと声をかけてから部屋に入ると、ちょうどシリウスが先輩の服を脱がしているところだった。(あれ?やっぱAカップじゃね?)うわあどんだけ手が早いんだこいつ。そしてタイミングばっちりなわたしに拍手をください!
「こんにちはミスターブラック」
ばっと振り返ってわたしを視界にとらえたシリウスの顔は、面白いくらいに青くなっていった。どうやら罪悪感だけはあるようだ。やばい、絞めたい。
「レイ、これには、ふ、深い事情が」
「わたし全然怒ってないよ、だってこんなこと毎日あったでしょう?」
にっこり。わたしがこう言って笑うと、さらにシリウスが青くなった。そんなシリウスの後ろから伸びてくる腕がねっとりと絡みついていく。そして、近くで見ると綺麗とは程遠く厚化粧で不細工な顔から、吐き気がするほど甘い声(わたしはすきになれない、しね!)が部屋に響いた。
「あらあ?アイカワさんじゃないの。見てわかるでしょう?あたし今シリウスとお楽しみの真っ最中なのよ。消えてくださらない?」
「っ!ミシェル!やめ「そうですね先輩。わたしもこの場から消えたいのは山々なんです。先輩の不細工な顔と貧相な胸とそれを無理に改善しようとして厚化粧でパットいれまくりなところを見ているのはわたしの心が痛くなるしその男の顔なんてもう潰したいほどなんです、むしろ殺してもいいですか?」
「レイ…?」
シリウスはぽか、と馬鹿らしく口を開けたまま固まった。普段あんなに大人しくて地味なやつがどうしてとか思ってるにちがいない。
「っ!?あなた生意気よ!」
逆上した先輩はベッドの上で立ちあがった。スプリングがぎい、と音をたてて、ベッドの揺れにあわせてシリウスも揺れる。あ、やっぱりAカップ。そしてなんでネクタイだけしてるの、シリウスの趣味か、趣味なのか!正直きもちわるいようえ。下はかろうじて派手なびらびらパンツで覆われてるのがせめてもの救いです。
「先輩はレイブンクローですよね?『あなた生意気よ』なんて、知能の欠片も感じられないような台詞。馬鹿馬鹿しいとは思いませんか?」
「ふざけないで!!」
どこから取り出したんだろう。(パンツからか!パンツなのか!うわすげー海パン/刑事だこち/かめだ!)いつの間にか杖を持った女はわたしに何かの呪いをかけようとした。(貧相な胸がちょっとだけ揺れた。むなしすぎるー)わたしはその前に武装解除で杖をふっとばし、無言で女と女の服を部屋の外に飛ばす。そのまままた杖を振ってドアを閉じ鍵をかける。ふん、シリウスにデートの約束をすっぽかされる度に部屋で無言呪文の練習してたんだから。レギュラスに教わったりもしてたし。陰気?気にしないよそんなこと!まあなんでわたしグリフィンドールなんだろうとは何度も思ったけど。
「レイ、おまえ、」
「まずひとつ。わたしがあなたの浮気に気づかなかったとでも?」
情けない声を出すシリウスを遮る。そしてポケットから手帳をとりだして、一ページ目から読み上げた。
「一回目はハッフルパフの一年生ルータ。ほら、あのみつあみの子。二回目はルータの友達のマリア。あなたロリコンだったんだね。四つも年下の子に手を出すなんて。三回目はレイブンクローのクレスで、あ、ついでにゆっとくとクレスはわたしとよく図書館で勉強する友だちだったんだよ?もう過去形のことだけど。四回目はレイブンクローの六年生のキャサリン。こっから年上とレイブンクローに走る傾向が見えてきて、五回目は七年生のグロリア。六回目は…」
今のひとで合わせて計十五回(えっと、レイブンクローの、六年生のミシェルさんかな?)の浮気相手をすべてあげる。シリウスに目をやると、さっきよりも青ざめていた。
「あら、ブラックは案外度胸も根性もないのね。こんなに可愛い彼女をほっといて浮気してたぐらいだったのに。」
手をぐーにして強く握る。
「ちょ、ま、」
「まともなデートも最初の二回だけだったね。あとはぜんぶドタキャンか約束自体をスルー。」
「レイ!!」
とりあえず殴ってみたらどうですか。そう言ってめずらしく爽やか笑顔をみせたレギュラスが頭をよぎる。うん、わたしがんばるよ!
「しねえええええ万年発情期ヘタレチキン糞犬野郎っ!みんなに迷惑ばっかかけやがって!」
バキ!
「がふっ」
あれわたしけっこうパンチの才能あるのかな。いまのはリリーのぶんのつもりだよ。思い知れ!
ドゴ!
「ぶばっ」
これはジェームズのぶん。初デートを邪魔された恨みだよきっと!
ゴキ!
「ぐぎゃっ」
リーマスとピーターのぶんも殴って、最後は、わたしのぶん。一層力をこめて、大きく手を後ろにふる。
バキイッ!
「ろぎゅぶふわっ!!」
そうしてシリウスはベッドに沈んだ。顔面パンチ三回と、最後のアッパー。はっ、ざまあみろ!そしてやったよわたし!ついに殴ったよシリウスを!
誰かに見られないうちに女子寮の自分の部屋に戻って、ベッドに潜り込んだ(レイブンクローの先輩はもう逃げたみたいだ)。
一年生のときからずっと、ずっとシリウスだけがすきだった。シリウスだけを追いかけてきたのに。
ぎゅ、と胸が苦しくなって、もう枯れたと思っていた涙が溢れそうになった。(もちろん我慢したけどね!意地でも泣いてやるもんか!)でももうこれでおわりだから。別れたから。
はなれる手ぶつける拳
((ただいまレイ!))(あ、みんなお帰り!聞いて!わたしシリウスと別れたの!)