一瞬、何を言われているのかわかりませんでした。この六年間でだいぶ英語も上達して、言葉を聞き漏らすこともなくなったのに。

「何を言ってるのよ!レイから離れてちょうだい!」

わたしよりも早く、隣に座っていたリリーが反応しました。シリウス・ブラックは「エバンズに聞いちゃいねえよ」と一言。リリーはう、と言葉をつまらせました。

「聞いてんのか?レイ」

いつの間に、いつの間に、このひとはわたしの名前を呼ぶようになったのでしょうか。入学した日から今日までの六年間、会話したことがなく、一度も目をあわせたこともなく、ましてや例え目の前で相手が怪我をして倒れていようがお互いに存在を無視しあってきたような、そんな関係だったのです。わたしは「あなた頭にうじでもわいたの?」と言おうとしました。

でも、英語の発音が変、と、そう言われたのを思いだし、口を閉じました。同じことでからかわれるのなんて、二度もごめんです。

「なんとか言えよ、黄色いお猿ちゃん。それともあれか?言葉すらしゃべれないってか?」
「ブラック!!あなた最低よ!」

にやにや、にやにや。シリウス・ブラックの意地の悪い笑みを、わたしはもうただただ呆然とみることしかできませんでした。激昂したリリーが叫んだのも、とても遠くの出来事のように感じました。ぶち。かわいらしいものではなく、おぞましいほど低い音が立ちました。わたしから。

「言葉ぐらい、しゃべれるわよ。ブラック家の御長男様?残念ね、黄色い猿にも言語能力はあったみたい」

あ、れ。口をスラスラついて出たのは、とんでもなく冷ややかなものでした。今しゃべったのは本当にわたしなのでしょうか?シリウス・ブラックが、ブラック家を嫌っていることを十分承知して、むしろそれを狙って、わたしは言ったのです。

「じゃあ知能を持ってる猿に、もう一度言ってやるよ。お前、俺と付き合え」
「それで口説いているつもりかしら?」
「猿が文句言ってんな」
「人類の祖先はみんな猿よ」
「お前は猿の部分が多く残ってるみたいだな。御愁傷サマ」

誰かが、シリウス・ブラックと言い合いをしています。視界の端にうつるリリーが驚愕の表情を浮かべています。どうして?やはり原因はわたしでしょうか。でも、わたしにだってわからないのです。わたしは今、何をしゃべっているのでしょう?

「黄色い猿と付き合いたいなら、それなりの口説き文句を用意しておきなさい。ミスターブラック?」
「ああわかったよ。楽しみにしてろ」
「できればその前にあなたが消えることを祈るわ」

こんなにも、自分自身が遠くなったのを感じたのは初めてでした。心と体が分離したかのような、そんな、恐怖。シリウス・ブラックはそれで満足したのか自分の席に帰っていきました。

寮の自分の部屋、リリーと二人きり(一年生の頃からずっと二人部屋です)になると、力が抜けて涙が溢れてきました。どうしたの?あんなレイ初めてみたわ、大丈夫?と背中を撫でてくれるリリーに、心と体が離れたみたいに勝手にしゃべっていて怖かった。と伝えました。

「きっとあれね。精神的に追いつめられてぷっちんしちゃったのね。レイは普段から気持ちを押し込めることが多いから、余計にギャップがあるんだわ!」
「ちょっとリリー、適当なこと言ってない?」
「あら、本当のことよ?心が追いついていないだけ!だからレイだって、その気になればあんなに言い返すことができるのよ」
「そうかなあ…」
「レイ、かっこよくて、すてきだったわ」

惚れ直しちゃった。そう言ってリリーが笑ったので、わたしの涙も止まりました。



2010/01/02 ニコ

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