レイの柔らかい頬を叩いた手は未だにピリピリ熱を持っているようだった。痛かっただろうな。なんて、無責任に想像して勝手に落ち込んだり、ため息をついてみたり、だけどそれで状況が好転することなんてあるはずもなく、レイに避けられつづけた俺は、大広間の扉の前でぼうっとしていた。
「シリウス・ブラックゥゥー!!」
ジェームズの前ではレイを忘れる、なんて言ってかっこつけてみたけど、考えるのはレイのことばかりで、結局好きでたまらないから、忘れる、なんてことはできないんだと思う、忘却呪文でも使わない限りは。俺がレイに謝って、気持ちを伝えて、もしもレイが応えてくれたら、俺を好きになってくれたら、また恋人になれたら、応えてくれなくても、レイと友だちになれたら、なんて、仮定の妄想ばかりが進む。レイと関わっていたい、できれば、そばにいれますよう。う、おれ、きもちわるい。
だから、俺の名前を叫びながら落ちてくる――文字通り、落ちてくる――レイはただの幻覚だ、ああ、ついに頭がおかしくなったんだ医務室に行こう、と俺が思ったのは当然のことなのだ。
「…いやちがうほんとへぶし!」
「むぎゃっ」
べしゃ。
落ちてきたレイの膝が顔面に命中、倒れて強打した頭。ただただ、激痛。そして暗転、
「エネルベート」
しなかった。
「痛、え、なに、…レイ?」
本物だった。幻覚ではなかったらしい、俺の脇に立つレイは、床に倒れたまま困惑する俺をみてにこりと笑い(めちゃかわいい)、そして「ハゲ」と呟いた(それでもかわいい)。えっ、ハゲなの?
「ハゲ…?」
「うん、ハゲ」
「俺が?」
「うん」
「え、どうして」
「なんとなく」
「なんとなく?」
「なんとなく」
どうしてレイは俺の名前を叫んでたんだ?どうして俺の上に落ちてきたんだ?どうしてハゲなんだ?レイは床に倒れている俺を見ているから、髪の毛が前に下がって、ゆらゆら揺れているのを俺は呆然と見ていた。聞きたいことが音にならず溶けていくのは、疑問よりも喜びが俺の胸を満たしていったからだ。レイが俺のそばにいる。
今なら言えるかもしれない。
慌てて立ち上がり、今度はレイの頭が目線の下になる。
「あ、…レイ、あの、」
「わたし、あなたに聞きたいことがあります」
「え、あっはい、どうぞ」
そして次のレイの予期していなかったセリフに、俺はひい、と掠れた悲鳴をあげることになる。
「シリウス・ブラック、あなたはわたしのことを好きなんですか?わたしはあなたがすきです。」
…あれ?とわたしは思いました。言うつもりのないことまで、走って叫んで彼を見つけて階段から飛び降りたままのノリと勢いで言ってしまいました。ああもうこの話のタイトル変えたほうがいいんじゃないんですか?人生はノリと勢い。って。わたしの膝が当たったせいで真っ赤になった額、シリウス・ブラックは、ひい、と掠れた悲鳴をあげました。え?怖かったですか?
「あ、いや、あ、うあ、」
「好きじゃないんですか?」
「え、う、いや、な、」
面白いほど鮮やかに、シリウス・ブラックの顔は赤に染まっていきました。その様子を見ながらわたしはようやく、野次馬が集まり始めていること気がつきました。…!そうか、ここは大広間の扉の目の前なんですね。
「とっ、とりあえず!とりあえず場所変えよう!」
わたしがはいと返事をする前にわたしの手を取り、シリウス・ブラックは走り始めます。
手と手を合わせて、ぎゅっ、と結んで、指を絡ませて、
ああ、胸が壊れそう。
2010/07/17 ニコ