レイは俺のことが嫌いだった。
単純かつ明快な答え。口に否応なしに入る甘い塊を吐き出しながら、今更に、自分の浅はかすぎる思考能力にめまいがした。俺、レイに何て言ってきた?何をしてきた?レイは俺をすきになってくれてる、普通の彼氏彼女になれてる、なんて、どうして思えたんだろう。馬鹿すぎる。しかもレイに言われて初めて気づくなんて間抜けだ。黄色い猿。一年生の頃からずっとレイは気にしてたんだ。俺が言ったことを!自分の肌の色をからかわれることはどんなに辛いことなのだろうか。俺には一生わからないしわかれない。レイは傷ついているに決まってたのに。俺が散々レイを傷つけているのなんて、わかっていたつもりだったのに。
「最悪だ…」
俺、レイを叩いた。
ただただ感情にまかせて腕を振り上げた。レイに騙されてた、って、勝手に怒った。本当に、馬鹿すぎる。ずっと好きだった、ずっとレイを見てた、ごめん。大事な、絶対に伝えなきゃいけないことを何一つ言ってない。何て子どもだったんだろう。レイと少し距離を縮められたような気がしていて、レイには何も言わなくても俺のことをわかってくれてるなんて決めつけてた。自分の考えてることは言葉にしなきゃ伝わるわけがなかったんだ。世界は俺を中心に回ってるわけがない。そんな当たり前のことを、どうして俺は今更実感してるんだ。自分のことしか考えられなくて、自分さえ満たされていればそれでよくて、
レイに、謝りたい。
なんとかケーキの山の部屋から這い上がって、そのまま埃っぽい床に寝そべった。しばらくすると頬を真っ赤にしたジェームズが入ってきて「リリーにぶん殴られたよ」そう言って笑った。
「君もレイにやられたの?」
「ああ、もう吐きそう」
ジェームズがまた笑った。僕らの女神は強いなあ、なんて呟いている。
「ジェームズ、俺さ、」
「うん?」
「俺、レイが好きなんだ」
「うん」
「でも、さ、レイは俺のこと好きじゃなかった、嫌いだった」
「うん」
「…当たり前だよな」
「うん、……ねえシリウス」
「なに?」
「僕はこれからもリリーを愛しつづけるよ」
君は?君はどうするの?
寝そべった俺を、ジェームズは立ったままじいっと見つめてくる。その目は俺が初めて見るような光を灯していて、それが眩しくて目を背けた。ちくしょうこいつ、カッコイイ。
俺はレイに謝りたい。今までのこと、許してもらえなくても、ひとつひとつ謝りたい。それから好きだって言って、そしたら。
「レイを、忘れるよ」
これもただの自己満足になるのかな。レイを傷つけておいて、勝手に好きになって謝って、忘れる。
「シリウス!!!」
「いっ…!てえな!なにすんだよジェームズおまえ!!」
耳がいたくなるくらいばかでかい声で叫んだと思ったらジェームズに思いっきり蹴られた。ていうか踏まれた。たまらず起き上がりジェームズの胸ぐらを掴んで、エバンズに殴られたであろう赤い痕の上を更に殴ってやった。反動でどしゃりと尻餅をつき先ほどの俺の体制そのものになった相棒は頬を押さえて、いたい、と一言。
「俺だって痛えよばか!」
「あ、なんか泣けてきた」
「…は?」
「ほら、ね?」
「あ、本当だ、泣いてるな」
「うん、………」
「………なんで泣いてんの」
「僕だって悲しいときぐらいあるよ」
「ふーん、」
「…………」
腕で顔を覆ってスンスン本格的に泣き始めたジェームズ。なんなんだこいつやっぱりかっこよくない。どうしたらいいかわからず、でも、少し考えたら答えは出た。
「もしかして」
「え、何?」
「エバンズとのこと、結構気にしてたり?」
「え、今更?」
きょとんとした目から未だに涙をたらしたままジェームズは顔だけを俺に向けた。ええええ、気にしてたのか。意外すぎる。
「僕だって人間だよ。」
「まじか」
「まじだよ」
「…………」
「…………」
それから何があったのかは、俺たち二人の中だけの秘密だ。
(男二人が、片方はケーキまみれ、もう片方は頬を腫らして、ぐずぐず泣きまくっただなんて言えるわけがない!)
2010/04/24 ニコ