どく、どく、どく

「レイ、レイ、俺、」

少しだけ掠れた、切なげな声。こうして他の女の子たちはこのひとの毒牙にかかってゆくのでしょうか。

つよくなる力、密着した体、耳元の声、首筋にかかる彼の髪。漆黒の空に瞬く星と、ぴんとはりつめた冷たい空気。その黒に映えるわたしとシリウス・ブラックの真っ白な息が混ざって、心臓が溶けて、ああ、この甘ったるい空気に、流されてしまいそうです。

「シリウス、わたしね、」

自分が何を言いたいのかわからないまま、前に回されたシリウス・ブラックの腕に触れるとびく、と震えたのがわかりました。

「わたし、シリウスのこと、」

シリウスのこと、

何なのでしょう?何を言おうとしているのでしょう?よくわかりません。また、心とは反対に体が勝手に動くのです。次いで言葉を吐き出そうと開いた口が音を発する前に、ゴシャリ、凍った雪が木から滑り落ちて、大量に降ってきました。

「え…、きゃっ!!」
「う、わ…!」

真っ白です、真っ白。おまけにとてつもなく冷たくて、まるで氷の中に閉じこめられたかのよう!…あ、雪って、氷ですか。

「さむい!シリウス!」

真っ先に口を出たのはシリウス・ブラックに助けを求めるものでした。叫んだあとに自分でも驚いて口を覆います。確かにここでわたしを助けてくれるのはシリウス・ブラックしかいないのだけど、でも、そんな、少し前はまず初めにリリーの顔が浮かんでいたのに。闇雲に両手を動かすと片腕だけ外に出たのがわかりました。その腕を掴まれて、体がふわりと浮きました。

「大丈夫か?」
「あ、うん、大丈、夫。」
「えっと、ごめんな」
「ううん、シリウスのせいじゃ…」
「あー、まあ、うん…」
「………………」
「………………」
「………帰ろっか?」
「…ああ、そうだな」

結局お互い何を言いかけたのかはうやむやのまま、手を繋いで、学校に戻りました。来たときよりも時間が長く感じられたのは言うまでもありません。闇と沈黙の重たさに潰されそうでした。

「じゃ、じゃあ、おやすみ」
「…うん、おやすみ、なさい」



「レイ!遅かったわね!」

部屋に入るとリリーがとびついてきました。ぎゅう。リリーはあったかくて柔らかくて、安心して、やっぱりシリウス・ブラックとは違います。もう、すべて正反対。冷たくて(寒さのせいだけど)、怖くて、痛いくらい、力がつよくて。大丈夫?何もされなかった?としきりに繰り返すリリーをなだめてベッドに寝転がりました。

「今日ひとつ学んだことがあるの」
「どうしたの?」
「わたし、ものすごく、空気に流されやすいんだわ…!」

シリウスのこと、好きになりかけてる。

確かに、あのときわたしはそう言おうとしていたのです。



2010/06/07 ニコ

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