ファン第一号?
薫の家には1週間位滞在する事になっていた俺は、奥にある和室に通された。この和室は丁度二世帯住宅の中央に位置するらしく、寛人の仏壇が置いてあった。
「仏壇もあって狭くてごめんなさい」と雅人の妻である伽耶さんが言っていたが、8畳もある和室は決して狭くはなかった。簡易の机も用意してくれ、研究資料を広げても問題なかった。
その上、学会会場と薫の家はタクシーで10分という便利な場所にあった為、会場までの往復を苦に感じる事もなく、朝と夜には伽耶さんお手製の美味しい料理が振る舞われるという至れり尽くせりな限りだった。
薫が料理上手なのも、伽耶さんの料理を食べれば納得出来た。
毎日自分の遺影を眺めながら寝るというのは、なんとも不思議な境地だったが、3日目ともなればそれも次第に馴れていった。
学会は神も来ており、一緒にまわっては、色んな事を議論した。
ポスター発表の場合、自分の資料の前にいない時間があっても問題はない。もちろん居た方がいいが、基本的にはレジュメと要約したポスターで研究内容が分かるように作ってある為、他の発表に比べてある程度自由は効くのだ。
日本の色んな研究者を知れ、時間によってはシンポジウムや講義も開催されていて、2日間あった学会はあっという間にすぎていった。
神の着眼点や論点の鋭さにはドキっとさせられるし、俺も負けてられないと奮起するきっかけにもなった。
「あ、そういえば」
会場の撤収も終え、駅へと向かっている帰り道。
ふと神が立ち止まった。
「何か忘れものか?」
「いえ、俺ファンクラブ入る事にしましたので、よろしくお願いします」
突如そう言われ、疑問符が浮かぶ。
「研究のファンクラブなんてあったか?」
「違いますよ。学園の伊織さんのファンクラブです。土岐津って生徒がこの間申請許可を貰いにきたので、許可を出すと同時に俺も極秘で入会しましたので」
「は?」
前後の脈絡から突拍子もない会話にとんだ挙げ句、相変わらず変態臭い内容を意気揚々と語る神に、空いた口が塞がらない。
「俺がファンクラブ1号です。もちろん、俺が会員だと言う事は土岐津しか知りませんので安心して下さい」
「お前が会員になった事に、どこに安心の要素があるのか教えてくれ」
「決して変な事はさせませんので」
なぜか真顔で言い切る神に「お前が一番不安だ」と項垂れた。