#1 開奏

 ---開奏
 第四の事件
 邂逅と前哨

 午前七時。通勤通学に人や車が交わる大通りを少し外れた丘の上、絢爛豪華をそのままにした屋敷の前には人だかりが出来ていた。スーツや学生服を着た人々も目立つが、エプロンや上品な服を纏った子供なんかもいるのは屋敷が住宅街にあるからだろう。クラクションを鳴らして人を退けて侵入する一台の車。既に近辺は町の警察によって交通規制が敷かれているから、乗り入れる車両といえばもちろん、警察のもの。その助手席に乗るユキオは深く溜め息をついた。

 「思ったよりも人が集まってますね…」
 「そりゃ、今度の被害者は"あの"ユディ財閥の総裁で在らせられるからな」

 運転席に座るシュラがけらけらと明るく笑う。全く、緊迫感がない、とユキオはまた溜め息をついた。車の無線機が音声を受信する。

 『初動の方から報告が上がった。被害者はアルバート=ユディ。ユディ財閥の総裁で、首を絞められて胸を刺され、多数の打撲痕がある。死因は窒息死』
 「またか」
 『ああ。これで四人目だ。そっちは入れそうか?』
 「人が多くて車両は通れなさそうです。歩きます」
 『了解、携帯の電源は入れておけよ』
 「はい」
 「んにゃ」

 通信を終えると、シュラとユキオは連れ立って車から降りた。声をかけながら人ごみを掻き分けて中へ入れてもらう。漸く門までたどり着くと、改めて屋敷を前から見た。遠くからでも良く分かるほど大きいのだが、目の前で見ると圧巻としか言い様がない。

 「ふはー、稼いでんだなあ…何やればこんなにでけーの一人で作れるんだか」
 「不謹慎ですよシュラさん」
 「んだよ真面目か?」
 「僕は貴方と違ってTPOをわきまえるんです」

 くい、とユキオはメガネをあげて、からかうシュラをかわした。面白くねーな、とシュラはごちるがユキオに言わせれば面白がられたら困る。警察官として今の職場で働くようになってから、先輩である彼女には事あるごとに振り回されていて、なるべく、彼女が起こす火の子は浴びたくない。
 シュラはともかくユキオは既にせわしなく動いている制服を着た警察官の数人よりも若くあったが、彼らも屋敷の建物へ庭を進む二人にきちんと礼をする。異様とも取れる光景だったが、ユキオは何も気にしていないようだ。やがて二人は屋敷の最上階、アルバート=ユディの寝室へたどり着いた。
 
 廊下もだったが、寝室は一際豪華だった。壁にかかる絵画は、少し教養があるものならすぐに分かる一級品で、触れようとしたシュラを慌てて他の捜査官が止めた。本物だそうだ。流石にレプリカだろうと踏んでいたユキオも目を開く。そんな部屋の中心、安っぽいブルーシートがかけられている部分。
 近づいただけでも匂う血に、ユキオもシュラも眉根を寄せた。しかし、躊躇いなくブルーシートをはがす。 
 うえ、と声を漏らしたのはさっきシュラに注意した捜査官だった。吐いてこい、と声をかければ迷わず廊下へ走っていった。

 「4回見ても慣れねーな」
 「何回見ても慣れませんよ」
 「今日の昼飯スタ丼にしようと思ってたんだけどやめたわ」

 遺体と言って良いのかも分からなかった。ただの肉塊。そう言ったほうが正しいと思う。報告どおり、遺体は首を絞められて胸を刺されたようだったが、多数の打撲痕で何がなんだか分からないくらいにぐちゃぐちゃになっていた。激しい憎しみをそのまま絵に描いたら、多分こうなる。ぐちゃぐちゃ。音も、絵も、擬音そのままで表現に十分であった。
 毛髪の、赤黒い血で染まり切れていない箇所が金色に光っていて、それが雑誌や新聞で見たアルバート=ユディのものと重なる。

 「…本当に、彼はアルバート=ユディなんですよね?」

 ユキオが近くにいた捜査官に尋ねる。

 「DNA結果を待っていますが、第二発見者の息子さんに寄れば指に嵌まっていた指輪がユディ氏がつけていたものそのままだと」
 「分かりました」

 ―――せめて顔の原型が残っていたらそんなことせずとも分かっただろうに。
 ユキオはそっと手を合わせた。シュラも習い、手を合わせる。

 「遺体、はこんでいーぞ」

 シュラの指示で捜査官が動き始めた。また、ブルーシートをかぶせて、遺体を入れるための袋広げる。
 と、行動はそこで止めざるを得なかった。

 「その遺体ちょいまち!俺まだ見てねーんだよ」
 「いや、それ以前に君は誰だ!」
 「んなのどーだっていいだろ!?遺体が先だ」
 「よくない!」

 ドタドタと無遠慮な足音と、言い争う声が廊下から響いてくる。片方は警察署の人間だが、もう片方には全く聞き覚えがなかった。ユキオはシュラと顔を見合わせ、首を傾げる。寝室から廊下へ続くこれまた装飾の行き届いた扉に目を移せば、ばん、と勢い良くそれは開く。

 「邪魔するぜ」

 小柄な少年がそこにいた。


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10/15〜11/8 掲載

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