淡い月明かりがそれを見ていた

 勉強も仕事も終わった平日の夜、寝る前にベッドの端に腰掛けて読書をしていた時のこと。僕は学校のやけに大きい図書館の棚と棚の間を行き来していたら目に付いたので借りてきた経緯を持つ本を読んでいた。題名はなぜ人を殺してはいけないのか。なかなかに面白い内容だと思う。眠気が来るまでの暇つぶしだから自分の意見など持たずにただ文字を追っていた。
 兄さんは厨房で明日の昼食と弁当の下ごしらえをしている。お楽しみだと行ってその時間、兄さんは僕を決して厨房に入れてくれない。だから僕は部屋に退散してお風呂に入ってバスタオルを首に掛けながら本を読むのが日課だ。部屋には時計の秒針や紙がこすれる音しかしない。カサリ、カサリ。図書館の本は黄ばんでページを捲る度に埃っぽい匂いがする。ページを半分ほど捲り終わったくらいで、ふっと本と僕に影が落ちた。特に驚きもせず見上げる。兄さんが僕を見下ろしていた。何も言わずジッと僕を見ていた。どうしたの?なんてとぼけた事は言わない。僕には兄さんが望んでいることが手にとるようにわかるし、その望みはなんだって叶えてあげようと思う。本を横に置いて、膝を開け腕を大きく広げた。兄さんの重みと食べ物の暖かな匂いが僕を包んだ。

「ゆき、ゆきお」

 砂糖菓子のような声で兄さんが呼ぶ。しなやかで白い腕は僕の腰に回っていて、柔らかな髪の毛はぐりぐりと僕の胸元に押し付けられている。僕らの間に恋人という新しい関係が出来てから、兄さんは僕に甘えるようになった。兄らしく振舞うこともあるけど、新しい関係は兄さんの甘える心を後押ししているようだ。二人の時は特に。僕はそれを余すところなく受け取って兄さんと同じくらい兄さんに甘えた。僕に頭を押し付けながら鼻をすんすんと鳴らす兄さんの足元で黒い尻尾がパタパタと振れる。まるで犬のようだと思ったが兄さんはどちらかと言えば猫。ふてぶてしく飼い主に世話される愛玩動物。気まぐれでどうしたって僕の思い通りになってくれないのに、絶対離れてなんてくれやしないところがそっくりだ。
 指通りのいい髪をなでる。兄さんが顔を上げて、その青と僕の碧が絡まった。押し付けられていた髪の毛がぐしゃぐしゃだったから、僕は手ぐしで整えてやる。兄さんは気持ちよさそうに目を細めた。左腕は兄さんの身体を支えているから、僕はゆっくりゆっくり右手だけで兄さんの髪の毛を整えた。紺色の好き勝手な方向を向く髪の毛の束が僕の指に沿っていく様は見ていて気持ちがいい。僕は兄さんの髪の毛にとても熱心になった。兄さんは何も言わず目を閉じて僕にくっついている。撫でられた猫みたいに大人しい。僕は長い時間をかけて兄さんの髪の毛を整えて上げて、終わったよ、と天辺の辺りをぽんぽんとした。ん、と短く返事をして兄さんは腰に巻き付けていた腕の片方を僕の首に引っ掛け、僕の頬に唇を寄せた。ちゅ、と可愛い音がして首元で兄さんが小さく笑いながら僕の名前を呼ぶ。僕の鼓膜を甘く震わせる唇を響きごと飲み込んだ。

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