からころ



 からころからころ。
 舌の上で転がる水あめと砂糖の塊が歯に当たって音を立てる、砂糖80%と水あめ20%を140℃から150℃の間で煮詰めて香料や着色料やクエン酸なんかを混ぜたハードキャンディ。通称・ドロップス。イチゴにブドウにミカンにレモンとバラエティ豊かな味は子供達の舌を楽しませ、それは奥村兄弟の幼少期にも例外なく存在した。苦手なハッカはいつも藤本が食べていて、一度藤本の言葉を聞かないで二人でこっそり食べたら独特の苦味と辛さに涙目になった。

 湧き上がる懐かしさを感じつつ、雪男はベッドに体育座りをしてスクエアを読みふける燐をちらりと見て、彼の机にある缶に手を伸ばす。ひっくり返したらふたの上にのった10円玉が手のひらに落ちた。この間、特に燐は雪男を気にすることなく少し涙で目を潤ませながらページを捲っている。動く口元からかつんかつんと硬いものがぶつかる音がするから多分一粒食べているのだろう。

 「懐かしいね」
 「ん?」
 「これ」

 手に握った缶を振ると質量のある音がする。雑誌から顔を上げた燐がスーパーに行ったら安売りしていたので買ったんだ、と経緯をそのまま伝えた。特にそこには興味がなかったからそうなんだ、と短く答えて淵に10円玉を引っ掛けて蓋を開ける。

 「一個貰って良い?」
 「開けてから言うんじゃねーよ」
 「うん、それもそうだ」

 缶を逆さにすると、重力に沿って一粒白い粉がかかったのが出てくる。色は茶色。雪男は首を傾げた。

 「茶色なんてあった?」
 「チョコだろ?」
 「チョコレート…」

 記憶にその味はない筈なのだが、食べたのは十年ほど前の話で流石の雪男でも記憶が曖昧になってくる可能性は無きにしも非ず。だけれども。

 「チョコレートは飴にしちゃいけない気がする」
 「え、美味いしいいだろ別に」
 「美味しいの?」
 「うん」

 少々疑問は残るが、燐は舌だけは確かだから問題はないだろう、と雪男は言葉に従って茶色の不透明な飴を口に運ぶ。味を確かめるために口の中で飴を転がした。からころからころ。なるほど、違和感はあるが美味しいと言えば美味しいかもしれない。
 ふんふん、と雪男が舌先で飴玉を転がしていたら燐が興味津々に訊ねた。

 「なあ、美味い?」
 「うーん、まあまあ美味しいと思うけど…」
 「じゃあ後で食べよう」
 「え、兄さん食べたんじゃなかったの」
 「ちょっと怖くて食べなかったんだよ」

 雪男に毒味させられてよかった!なんてへらりと燐が笑う。明け透けで無防備なそれは誰をもひきつけるまさに天使のような輝く笑顔だが、どきっというときめきよりも前に、してやられたのだという静かな苛立ちが雪男の中には起こった。

 「ふーん?」

 少しだけ雪男の声が低いので、燐は眉を顰めた。なんだよ、と乾いた声がでる。雪男が不機嫌な時、燐にはあまり良い事がない。課題の増量なんかいい方で、翌日ベッドから起き上がれないことも少なくないのだ。だから、ガタッと座っていた机の椅子から腰を上げた雪男を燐は顔を強張らせる。ギシギシと旧男子寮の古い床を鳴らして近づいてくる弟になんと言い訳するべきかも思いつかずただジッと見つめるしか出来ない。
 雪男は燐の前に立つと碧色の双眼で見下ろした。何も言わない。燐は辛抱強く雪男が何か言うのを待った。発するでもいい。とりあえずこの無言をどうにかして欲しいと強く願ったが、雪男もまたジッと燐を見つめるだけで、言うまでもなく折れたのは燐だった。

 「ゆき――」

 弧を描いた形のいい柔らかい唇に、雪男が噛み付くように口付ける。燐の言葉は雪男の喉へ消えて行った。燐の舌に乗っていた飴が攫われて、一回りか二回り大きい粒が代わりに落とされる。

 「ああ、イチゴ味か」

 口を離してどちらの物かわからない唾液を舐めとりながら、ごく普通の口調で雪男が呟く。燐は頬を真っ赤にさせてぱくぱくと口を開閉するしか出来なくて、両者の間には決定的な温度差が合った。

 「ゆゆゆゆ、きおっおまえっ」
 「美味しい?」
 「ふえ?」
 「飴。美味しい?」

 それを聞くのか!今!
 心拍数とか色々な物を元に戻すのに必死で声にならない。時折、突拍子ない事を言う弟に上手く返すのは苦手だ。事が燐の苦手な分野であるのも関係していて、雪男が燐に対しては非常に得意な分野であるのも関係している。
 
 「ねえ、兄さん?」
 「………甘い」

 ふい、と顔をそらした燐を雪男は思わず抱きしめる。
 苦手が得意の勝てるわけないのだ、どうやら雪男も雪男で上機嫌みたいだしそれで良いんだ。仕方ない、仕方ないだけ。燐はそう言い聞かせながら相変わらず火照って仕方ない頭を雪男の胸に押し付けたのだった。

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