銀色の世界に沈む3
雪なのだから白であって銀世界はおかしいだろうと、常々考えることがあったのだが、実際目の当たりにしてなるほど、確かに白ではなく銀という表現が正しいなと年に似合わず考えた。
圧倒された後に迫ってくる昂揚感。
燐と一緒に歓声をあげ、足跡もなにもない銀の中に二人で飛び込んでいった。
今でも雪を見ると昂揚感を覚える。理由はわからない。名が体を表したのだろうか。
だから雪のせいなのだ。兄でもないのにあんな真似をしたのは。
***
我に返った。とうに目は覚めていたが、頭が晴れず、長い間ぼんやりとしていたのだ。実際には5分程度だったがおかしな事に雪男には長く長く感じられた。
考えていたのは夢の続き。
既に外は暗い。階下からはさっきよりも控えめな騒がしさが微かに聞こえた。兄の言った努力は成功しているらしい。
懐かしく苦い思い出をどうせだからと最後まで回想する。
そして、はた、と。
雪男は一つの可能性に気がついた。
同時に感じたのは焦燥。無い話ではないのだ。なにせ、前例がある。
飛び起きてさっきまで自分の額に乗っていた濡れタオルに触れる。表面が微かに乾いていた。焦りが加速した。
5分後、体温計が平熱よりも少し上を示して居るのを見て、可能性は答えにたどり着く。
「あれ、先生、どないしました」
「お加減いかがですか?」
階下に降りて真っ先に会ったのは志摩と三輪の二人だった。雑巾を握って廊下の掃除をしているようだ。
自然と頭が下がる。
「掃除までやって下さってたんですか…ありがとうございます」
「んな、気にせんといて下さい、晩ご飯ご馳走になるお礼です」
ニコニコと汗一つかいていない、お寺育ちの二人は慣れているのだろうが、兄弟だけで住むには広すぎる寮の廊下の掃除は力を使うので、雪男はもう一度お礼を言った。
「それでどないしました?」
再び尋ねられ、わざわざ部屋から出た理由を思い出す。
「あの、奥村くん…兄を、見ませんでしたか」
「奥村さんなら厨房に」
「ありがとうございます」
今度はお礼もそこそこに早足で去っていく後ろ姿に、志摩と三輪は顔を見合わせた。
厨房には燐と出雲、勝呂がいた。
「雪男!?」
誰よりも驚いたのは燐で、食堂の方からしえみとメフィストが顔を覗かせた。雪男は燐を見据え続ける。
「…兄さん」
「お前、熱大丈夫なのか?ちゃんと寝た方がいいぞ」
「兄さん」
二度呼べば、兄は黙った。
分かっているのだろう。
雪男が険悪な顔で右手の物を燐に差し出す。
「熱、計れ」
腹の底から低く響く声色は、燐がこくりと頷かせるには十分だった。
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