時間旅行


光速を物質が越える事は不可能、と超有名科学者は言った。それは常識として考えることの根底を流れてきた、が、なにやら人はそれを覆してしまったらしい。ニュー麺みたいな名前のが光の速さをこしたとかいう見出しの新聞記事を指しながら、雪男は俺に丁寧に話してくれたが、こいつと違って残念な頭しか持ち合わせていない俺にはさっぱりだった。

「つまり、そのアイスタインってやつがウソを付いたってことか?」
「アインシュタイン、ね。嘘じゃなくて…そう、間違ってたんだ」
「ウソだったんだろ、だから」
「…うん、もうそれでいいよ」

はあ、と雪男はメガネを親指で押し上げながらため息をつく。なんだよ、いいじゃねえか。言ってることは合ってるんだろ、たぶん。夕飯を食べ終わって風呂に入って、さあ寝ようという時にいきなり呼ばれて細かい文字を見せられただけでこっちはうんざりなんだから。

「で、アイスクリームがウソついてたらどうかなるのか?」
「アイスから離れようよ」
「食べたい」
「さっきおやつに食べただろ。…アインシュタインの相対性理論では物質は光速を越えられない、とされてる。でもその光速を越して移動できる物質が現れたって事は、理論上、人は時間を行き来できるようになるんだ」
「?」

昔、絵本で読んだ時間旅行というやつだろうか。タイムスリップとか、タイムワープとか。机のひきだしからタイムマシンに乗って22世紀に行ってみたり?雪男に聞いたらわかってくれたかと微笑まれた。どうやら当たりらしい。

「最初からそう言えよ」
「結果だけ知るのは駄目ですよ奥村くん」

急に先生になりやがってむかつく。だから一発頭をはたいた、すっきり。単純だと呟かれた。どこが?って、いやいや、今はそういう話じゃなくて。

「時間旅行かあ」
「昔読んだよね、そういう絵本」
「覚えてんのか」
「うん、二人でまねっこしたのもね」

修道院がもらった中にあった絵本。ちょうどそのころの俺たちくらいの兄弟がふしぎな柱時計の力でマンモスとか応さまとか騎士とかの時代を見に行って、出会った人と心を通わせる話。主人公の兄弟が柱時計の中にもぐってタイムスリップをするみたいに、俺たちも柱時計の中にもぐってタイムスリップはしないでジジイに怒られた。

「今思えばあれ、鐘が鳴ったら耳が壊れてたよ」
「あー…そうだな、キンキンするな」
「キンキンどころじゃないと思うけど」

あのころはそんなことわかんないから、絵本の中みたいにかっこいい騎士と一緒にお姫さまを助けてみたかったし、大きな動物に追いかけられながらジャングルを走ってみたかっただけだった。

「兄さんは時間旅行できるならどこに行きたい?」

思い出にひたっていたら、雪男が聞いた。ちょっと、声色が低いなと思ったが、特別気にしない。原因はなんとなくわかるから。時間旅行。多分この場合は過去に行くと言うことなのだろうが、もし、俺が過去に行けたら。

「七歳か八歳のころだな」
「……神父さんが死んだときかと思った」
「んー…それも考えたしもっと前、俺が生まれない様にするのもいいかなって思ったんだけどさ」

それは多分、今の俺たちが無くなっちゃうことになるんじゃないか。ジジイには生きて欲しいし、悪魔に生まれて辛いことはいっぱいあるけれど。そういう過去がないと俺は雪男の隣でこうして夢物語に花を咲かせはできなかったんだと思う。

「兄さんらしいね」

ぽす、と雪男が俺の頭に手を置く。ほめられているのだろうか。優しくなでる手が気持ちいいから、そのままにしてやる。しばらく髪の毛をいじっていた手がそのうち肩と背中に回されて、ぎゅう。抱きしめられた。
雪男とこういう風になることもなかったのかな。

「ねえ、なんで七・八歳なの」

頭の上から降ってきた。そうだなあ。俺は頭を雪男の肩に置く。

「お前にありがとう、って言いたいんだよ」

7年分、ありがとうと言って抱きしめたい。俺のために祓魔師になろうと決めてくれたばかりのお前に。

「…そっか」
「それにちっちゃいお前は可愛いからなーっ、今と違って」
「…………不服だ」
「ふふん」
「なんで得意気?」
「昔の自分に嫉妬するなんて可愛いやつだなと」
「兄さんに可愛いと言われてしまうなんて……」
「安心しろ、俺が好きなのは今のお前だから」
「…知ってる」

顔を上げさせられて、キスされた。唇に一回。俺は目を閉じる。二回、三回、四回…と何度も唇だけじゃなくてまぶたやほっぺや鼻の頭にまでキスをされる。くすぐったいけど、嫌いじゃない。好きな感覚。

「なあ」
「ん?」
「時間旅行するならお前と一緒がいいな」
「どこでも一緒に行ってあげるよ」

柱時計の中みたいに繋いだ手は離れなかった。

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