青い亡霊の館



!未来捏造
!心はいつも雪燐のつもり
!悪魔な自分といると雪男が駄目になると感じた燐が姿を消した設定
!すごく…暗いです













『青い亡霊の館?』
『ええ、山奥の廃墟なんですけど…青い炎を纏った男の亡霊が屋敷を出て行くまで追いかけ回すらしいですよ、怖いですよね』
『んにゃー…こえーな、色んな意味で。んで?アタシに行けって?』
『はい。僕が行ったら亡霊は出て来ないと思いますから』
『ふーん…相変わらずだにゃ』
『褒め言葉として受け取っておきます』
『おー、一生その頭でいろよ』





最寄りの駅からさらに車で二時間ほど、山を二つか三つ越えた所にある廃墟に等しい建物が、この日本に未だに存在していることにシュラは驚きつつ、タクシーを運転してくれた男性にとても丁寧に礼を言った。
亡霊への恐怖ゆえに肝試しの候補にすら入らない程の心霊スポットを目的地と言えば、運転手は本当にここかと何度も聞いて、途中から今度は無言になったのである。シュラを降ろして去っていくまでの早さには目を見張るものがあった。
頼んで来た今は亡き師の息子に帰ったら夕食の三食位をフルコースで奢って貰うことを心に誓う。

そして、シュラは機能を成していないドアを開けて、建物に入った。壁の至る所が落ちて、風と光と土埃が入っている。真昼間の事もあって光にキラキラ反射する埃が綺麗…とは、言えなかった、お世辞にも。申し訳程度にかけられているビリビリに破けたカーテンが風にはためいて、ギシリと建物全体が揺れる。こんなところに住み着くなんて幾ら亡霊と言えども物好きだなと思う。
一つ一つ、手当たり次第に部屋を覗いてその亡霊を探すと、どこからか食欲をそそる良い匂いがした。吊られる様に歩けば、行き着いた先はキッチンで、亡霊とやらは昼食の準備をしていた。

キッチンはさすがに綺麗にしているらしい。どこからか汲んで来たらしい水とカセットコンロと小さい冷蔵庫。多分この部屋の近くに小型の発電機があるのだろう。亡霊はコンロにかかった鍋でスープを作っていた。シュラには気が付かない。こんこん、と壁を叩けば板が一枚落ちた。決して馬鹿力ではなく、建物が脆いからだとシュラは主張した。どこに対してかはわからないが。亡霊は料理の手を止めてシュラを見て、少しだけ驚く。ニヤリとシュラは笑って手を降った。

「おっひさー」
「こんな田舎まで来て、てめえ暇人か」
「お前の為に暇人になってやったんだ、燐」
「頼んでねーし」
「お前のブラコンビビリメガネな弟には頼まれたんだよ」

弟の事を出すと燐の肩が判り易く揺れる。一年くらい前、同じく廃墟のそちらは病院で見た燐と、目の前に居る燐はあまり変わらない。成長期も過ぎたし、悪魔ゆえに成長し難いらしい。精々髪が肩まで伸びたくらいだ。亡霊という名前には似合わず、スウェットと短パンなんていうだらしない格好の燐は、目の前の鍋に視線を落とす。

「これから野菜炒めも作るんだけど食う?」
「もらう」

スープの匂いだかぎり、燐の料理の腕は落ちて居ない様だ。即答。燐は出していた分では足りないなと保管庫から野菜を持って来た。その様をシュラはキッチンに二つある椅子の片方に座って眺める。トントン、と手際よく野菜を切って新しく出したフライパンに油を引いて炒め始める。味付用の調味料はかなりの量が揃っていた。

「前は買って来てたけどさ、今、食べ物どうしてんの?店無いだろ」
「裏の畑で育ててる。水も裏に井戸があってそこで」
「何時代だよ」
「金かかんないからいーぜ?」

また、良い匂いがキッチンを包む。さっきはコンソメ風の匂いだったが今度のはスパイシーな匂い。ぐう、とシュラの腹が鳴り、尖った耳で拾った燐がくす、と笑う。

「麦茶でいいか?」
「ビールがいいにゃ」
「ある訳ないだろ、茶な」

冷蔵庫から出てきたペットボトルから、二つのグラスに麦茶が注がれる。氷は無いが冷えていそうだった。スープと野菜炒めもごはんもそれぞれお揃いの器に盛られて並んだ。燐がきちんと手を合わせていただきます、と言ったのでシュラもそれに倣った。しばし無言の食事の時間が流れ、先に口を開いたのは燐だった。

「今回は何ていわれてんだ?」
「んーっと、"青い亡霊の館"だっけ」
「まんまだな」

素直な感想にシュラは何も答えない。カチャカチャと食器が触れ合う音が響き、かつての師と弟子のささやかな食卓を再び沈黙が支配した。スープも野菜炒めも絶品だしご飯も炊き立て、廃墟ではあるが他の部屋と違いきちんと掃除され小奇麗にされたキッチンは快適だから、それなりに良い空間と言えた。しかしシュラは決定的にこの空間には足りないものがあると知っていた。そして、シュラよりも燐がもっと知っている。椅子や食器の一つ一つにそれが現れている。
今度、口を開いたのはシュラだった。

「戻らないのか」
「またそれか、飽きねーな」
「命令で仕方なく、だ」

誰の、とは言わない。からかって面白く弄っていた小さな少年はいつの間にか自分よりも上の立場にいた。その優秀さ故と周囲は彼を賞賛するが、彼がその立場を手に入れた根源は優秀さにはない。そんな綺麗なものではないのだ。燐はスープを一口飲み、美味しいなと呟いて困った顔をした。

「戻っても、何も無いからなあ」
「ここにも何もない」
「たまに来るやつ追い返すのとか自給自足生活とか、結構楽しいんだぜ?」
「それだけだ」
「酷え」
「事実だろ」
「でも俺は、帰らない」

一年前も似た様な問答をしたなというデジャヴュ。間違ってはいない。

「帰れないよ」

泣いたように微笑む燐を、シュラはもう何度も見ていた。

(ブラコンじゃ収まんねーな)

兄弟愛なんて、綺麗なものでもないのだ。


***


「すでに屋敷は蛻の殻だった、ねえ」

今しがた提出した書類越し、メガネのレンズの奥から射抜くような視線を送られる。大抵の者ならびくりと肩を震わせ強張らせ、どもった話方をするだろうが、シュラはあくまで堂々と言い放った。

「何か問題あるか?」
「いえ。"仮に"この報告書に虚偽があったとしても、この任務自体が僕個人の判断によるものなので騎士団内では何も問われないでしょうね」
「ふうん?」

シュラは申し開きもシラを切ることもしない。顔色ひとつ変えずに不機嫌さを全開にする雪男と話をする。それがさらに雪男の苛立ちを募らせることを、シュラはよく知っていた。

「それに亡霊はもう消えたそうです。貴方が訪れた頃に」
「よかったじゃねーか、成仏できたんだろ」

やがて雪男はにらむのを止めバサリと無造作に書類をデスクに投げた。空間に無言が突き刺さる。誰であってもこの場には居たく無いだろう。報告は以上、とシュラが一方的に告げて部屋を出て行った。カチカチと掛け時計の秒針が進む。
雪男はもう一度シュラの報告書に目を通した。玄関、寝室とおぼしき部屋、ホール。昔の富豪の屋敷だったその建物は家が没落すると共に捨てられ時間を止めた。かつては人の声と笑い声で溢れていただろうに。屋根裏部屋、書斎。報告書には屋敷の至る所の写真が添付されていた。

「?」

書類と書類の間に封筒が挟んであった。先ほどは気がつかなかったそれに雪男は首を傾げて封を切る。中から数枚の写真が出て来た。寝室、裏庭。壁紙や家具から同じ屋敷だと判ったが一瞬間違えるほど綺麗に整って、生活の影がある。キッチンの写真。テーブルに二つ向かい合わせに置かれた椅子、二つづつある揃の食器。そして。

「…兄さん」

数年ぶりに見る姿だった。後姿で髪も長くなっているがその背中は覚えている。恐らく隠し撮りだろう、彼が写真を許すとは思えない。碧色の目が曇る。

「まだ、足りないんだ」

淡々と独り言を紡いだ。独りよがりな言葉を。一番伝えたい人がこの場所には居ないから。雪男は写真を抱きしめた。

「もっと、がんばらないと」

兄さんが笑って戻ってきてくれる場所に、騎士団を変えなければ。

ぐしゃりと雪男の顔がゆがむ。それは、いつもの聖騎士・奥村雪男の姿とはかけ離れた、弱弱しい泣き顔だった。

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