銀色の世界に沈む2
都内では降ると言っても精々うっすら地面が見えるか見えないか位にしか積もらない。
だから、電車がストップして大混乱になり、ニュースでは記録的、なんてついてしまう位の大雪になれば、騒ぎになるのも当然なのだ。
それは雪男も同じで、幼い彼は窓の外の景色をみて珍しく歓声を上げ、まだ部屋で寝る双子の兄の元に駆けて行った。
二人で見なければ意味がないのだから。
***
「奥村くん、タオルどこやー」
「洗面台の下!桶は風呂場から持ってきてくれ」
「お薬買うてきました、これでええですか?」
「俺に聞くな雪男に聞け!」
「その先生の看病してるんやろが!」
「あんたたち煩いわよ…」
階下から聞こえる騒がしさに、別の意味で頭が痛くなる。幼き日の懐かしくも少し苦い思い出のある夢を見てしまったのは、まだ少し残る熱のせいだろうか。
目が覚めてしまった雪男の耳には否応なしに階下の騒ぎが入ってくる。
「しえみー、野菜切りちょっと頼むな」
「うん!」
その中に小さく響く近づいてくる足音を聞いて、雪男は思わず出てしまっていた布団に再び潜りこんだ。
同時に、そっと燐が部屋の戸を開ける。
「雪男ー…寝てる、か?」
「起きてるよ」
起き上がってさも今まで寝ていた体を装うが、燐には伝わってしまったらしい。申し訳ないと顔をしかめられた。
「煩かったか」
「…ちょっとだけね。でも気にしなくていいよ、兄さんにさせるより安心だし。洗濯とか」
と、少し冗談らしく言うと、思うところがあったらしく、反発はなかった。珍しい。病人に気を使っているのだろうか。
しかも濡らしたタオルを絞りつつぼそりと呟いた。
「俺料理だけだからなー…」
「なんか、気持ち悪いくらい素直だね」
「べっ、別にいいだろ、今日くらい」
ぎくりと体を強張らせた燐に、明らかな違和感。
「兄さん?」
「なんだよ」
「なんか変」
「はあ?お前まだ熱残ってんだろ」
わざとらしく怪訝な顔をした燐がますます怪しくて、そういう事じゃない、と言いおうとしたが、非常にタイミングが悪く咳込んでしまう。
背中を丸めれば、それを燐がさすってくれる。いつの間にか自分より一回り小さくなってしまった手だったが、与えてくれる安心感は相変わらず絶大。
雪男が落ち着いたのを見て燐は、ちゃんと寝てろと、兄貴ぶった態度で彼を無理矢理布団に入らせる。
「タオル、また代えにくるからな。今度はちゃんと寝てろ…静かにする努力、するから」
「兄さ……」
燐に対する違和感は解決していないと手を伸ばすが思うように届かず、彼が出て行った戸はなんだか寂しかった。
(結局、うやむやになってしまった…)
追いかける体力が無いのがもどかしい。しかし、横になった雪男はとてつもない眠気に襲われて、燐の事を考えるまでもなく夢の世界へ誘われていったのだった。
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