枯れた花はもう咲かないよ


兄さんの帰還記念パーティ。と、言っても塾の皆とシュラさんと朴さんとそれから僕だけでやる小さな食事会のようなもの。繰り返される検査と、塾と、寮を行ったりきたりしている兄さんを労う意味もあって、会場は町の一角にある小さな洋食屋だ。食べ放題が売りの学生向けの店で、僕の向かいでシュラさんは酒の種類が少ないと席に着くなりごちている。

「たまにはウーロン茶なんかも良いと思いますよ」
「ってなんだよビビリーノ、お前オレンジジュース?」
「悪いですか」
「いやー…似合わないなと思って」

この人は本当に煩いな。僕はきゅ、と眉を顰める。
僕が座る長テーブルの反対側の端に座っていたしえみさんがすっくと手にアップルジュースを持って立ち上がった。
今回の会は彼女が言い出したことで、店のチョイスは志摩くんだが主催は彼女ということになっている。しえみさんの向かいには会の主役である兄さん。―――僕が兄さんから一番離れた席を選んだのはわざと。

「えー、えーっと!今日は奥村燐くんの帰還祝いをしたいとおもいます!」

ぱちぱちぱちぱち。
人数相応の拍手と、兄さんの照れた声。
あれ、この席、なんだかんだで一番兄さんが見えるじゃないか。失敗失敗。

「まずは、燐から一言どうぞ!」
「へあ!?」

しえみさんからの振りを予想していなかった兄さんは変な声を上げた。それだけで笑いが生まれるのだから、やっぱり兄さんは人の中心に立っているのだなと思う。
勝呂くんや三輪くんに急かされてたどたどしく立ち上がると話し始めた。

「皆、高3で色々忙しい時に俺なんかの為に集まってくれて、すげー嬉しい。朴も、シュラもありがとう。……えと」

ちらり、と兄さんは僕を見た。多分これは気にして居る目だ。
それで十分。僕はにこりと笑ってみせる。

「まだ問題は残ってるんだけど、とりあえず、これからもよろしくおねがいします?」
「何で疑問系なんや!」
「だって改まって言うの変な感じしてよー…」
「ええやないですか坊、奥村くん戻ってきはったんだし。乾杯の音頭は杜山さん?」
「ううん、燐。お願いします」
「おうっ」

兄さんはオレンジジュースのグラスを掲げて言った。

「乾杯!」

寮からそれほどこの店は遠くないが、夏の暑さの下で歩くには幾分覚悟が必要だった。ごくごく、と喉を鳴らせばスポンジでも入ってるみたいにどんどんオレンジジュースはグラスから無くなっていく。飲み干して一息ついたら、ニヤニヤ顔のシュラさんに老けたな、なんて言われたからそれを適当にあしらって、次の飲み物を取りにいく。
なんとなく選んだオレンジジュースは飲み難かったので、選んだのはウーロン茶。
騒がしく学生たちは料理を取りに走っていた。テーブルに残っていたのはシュラさん。

「料理、取ってこなくていいんですか?」
「朴がなんか取ってきてくれるって言ってた」
「……残念」
「いいじゃねーか、お姉さんと秘密のお話しよーぜ?」

僕は、席につく。
料理はたくさんあるから、彼らならば戻ってくるまでに時間があるだろう。

「何を話すって言うんです」
「睨むなよ、楽しい祝いの席だ。…それに、アタシにはお前に聞きたい事がある」
「手短にどうぞ」
「例えば」

ぴし。
シュラさんの指が僕を指す。

「燐の記憶を戻す方法が見つかったって言えば、お前はどうする」
「………それは」

頬を汗が伝う。外の暑さがまだ効いているのだろうか。
口の中もカラッカラだ。ウーロン茶、もう一回くらい取りにいかなければ。

「それは、是非試して見たいです」
「ふうん?ま、本当に仮の話で、記憶を戻す方法なんか見つかってないんだけどな」
「変なこと、聞くんですね」

料理の盛り付け方一つで騒ぐ彼らの喧騒が聞こえ始める。
僕は一口、ウーロン茶を口に含んだ。
シュラさんは無言のままだ。

「…僕、料理取りに行ってきますね」
「なんかおつまみになりそうなの取ってきてくれるとおねーさん嬉しい」
「自分で行って下さい」

コップの代わりに大皿を持って、僕は席を立つ。確かここはピザが美味しいのだっけ。
クラスメートの会話を頭の端で思い出しながら、何を盛るべきが考えた。





「そういえば、お前らタイムカプセルとか埋めてなかったっけ」

宴も酣、シュラさんが唐突に言った。彼女の目の前には相変わらずウーロン茶が置かれている。珍しすぎるほど酒を飲んでいない彼女の口調は正常だ。
タイムカプセル、と単語を繰り返しつつ塾生たちは顔を見合わせる。一番初めに思い出したのはしえみさんだった。

「私の家の庭!」
「そーそー、アタシ箱見つけてきてやったじゃん」
「…ああ」

僕も思い出した。
確か、高校二年生になった春。
兄さんの働きかけでしえみさんが高校に通い始めることになって、寮への引越しを手伝ったときだ。
世話をすることが出来なくなる庭の花を色んな人に分けて、それで空いたところに埋めたタイムカプセル。
丁度兄さんが祓魔師の試験に一応は受かって、青焔魔の力も強くなっていた頃。来年、また春を迎えられたらいいと言って。
―――結局、今年の春に掘り出すことは無かったけれど。

「燐も戻ってきたし、掘り出しちゃえば?」
「霧隠先生ナイスアイデア!」
「杜山さんの家ならスコップもあるしね」

一気に話が進んでいく。兄さんも乗り気の様だ。

「何入れたか覚えてるか?」
「俺多分アイドルの写真集入れた」
「志摩さん歪みあらへんわー」
「な、奥村くんは?」
「んー…確かゴリゴリ君の当たり棒?あれって有効期限ないよな?」
「じゃあ帰り交換せんとね」
「だなーっ」

しえみさんの家にお邪魔できることになったからと、食事をさっさと済ませて、僕たちは外に出る。
夏の、生ぬるい風が頬を撫でた。

「雪ちゃん、何入れたか覚えてる?」

いつの間にか隣をあるいていたしえみさんが訊ねる。
僕が入れたものは――――そうだ、覚えている。

「学年成績トップの賞状だったと思います。丁度置き場所に困っていたので」
「あはは、雪ちゃんらしい」
「しえみさんは?」
「私はスコップかな、おばあちゃんに買って貰ったやつ。お庭から離れるからもういらないねって」
「なるほど」
「あと、みんなでお手紙書いたよね、未来の自分に!」
「そうでしたっけ?」

僕は首を傾げてみせる。
本当は、覚えていた。

「そうだよ、雪ちゃんも書いてたよ!」
「それは…ちょっと、恥ずかしいですね。過去の自分からの手紙っていうのは」
「ふふ、でも、ちゃんと手に取れるからよかった」
「?」
「燐が帰って来て、それでみんなでこうしてタイムカプセル掘り出せて、よかった」

お手紙はちゃんと届かないといけないもの。
しえみさんの言葉に、僕はちょっと困ってしまった。
僕の手紙は、届かない。





掘り出されたタイムカプセルは土を被っていたものの、中身は無事だった。
僕は賞状と、僕の手紙を取り出し無造作に持って居たバックに入れる。
手紙は、兄さん宛だ。僕から、兄さんに宛てた手紙。それをもう一つの封筒に入れて僕宛にしてあった。
中身は、一字一句間違わずに記憶にある。
届かない手紙。兄さんに、渡すことはないのだろう。

皆がそれぞれ自分の物を見せ合っていると、珍しく兄さんが僕の方に歩いてきた。

「…これ」

兄さんが差し出したのは僕がバッグに入れた手紙と同じ封筒に入った、僕宛の手紙。
ただし、字は兄さんの字だった。

『奥村雪男さま』

「なに、それ」
「俺の手紙の中身、お前宛だったから。見るの悪い気したし、そのままやる」
「…そう」

どうやら、兄さんも僕に手紙をかいていたらしい。
変な所が似る双子だな、と苦笑した。

「ありがとう」

僕は手紙を受け取る。
過去の兄さんと今の兄さんは違う。兄さんはそう言いたいようだった。

「おい奥村、テスト出てきたぞー」
「ああ!?なんだよそれっ」
「…何これすごい点数…」
「お前ら見んなああああ」

兄さんは慌ててカプセルの方に戻って行った。
入れたの、忘れてたんだ。

残された僕は、手元に視線を落とした。
少し躊躇ったが、過去の兄さんが僕に何を言いたかったのか知りたくて、僕は封を破る。
便箋が一枚、折りたたまれて入っていた。開いて、そして。

僕は息を呑む。

時間が止まった。

本当に。
本当に、僕たちは。
変な所ばかり似る。

『これを書いた俺も これを渡す俺も 直接お前に言う事はできないから
 こうして手紙を書きました
 好きです
 兄弟だけど 双子だけど 好きです』

僕と全く同じ事が書いてあった。

視界がぼやける。
僕はそっと庭を離れて、一番手近にあったドアから寮へ帰る。後で、メールをしておかなければ。

「…知ってたよ」

ずっと、兄さんが僕をどう思ってたか。
僕たちは同じ目で相手を見て、それで同じように背けてきた。
それでずっとずっといて。でも、心のどこかで絶対にお互いが離れないって安心して。
だから、僕は兄さんが僕から離れようとしたのが許せなかった。
勝手に裏切られた気分になって、身勝手に兄さんに自分を押し付けた。

「ごめん、兄さん」

ぱたり。
手紙を握った手に雫が落ちる。兄さんのベッドで寝ていたクロが起きてしまったのか、僕の足元に擦り寄った。まるで、慰めているかのようだ。
膝から崩れ落ちる僕。に、影が落ちた。

「…?」
「おや、お取り込み中、でしたか?」

フェレス卿が窓の向こうに浮いていた。
にゃあっ、とクロは吃驚して僕の後ろに隠れる。

「いえ…」

素早く僕は涙をぬぐって、フェレス卿を見た

「どうしましたか?」
「気まぐれをね、起こしたくなったんです」
「?」
「物語の終わりは、嘘であってはいけませんから」

訳が分からない。彼は何を言いたいのだろう。

「奥村先生、奥村燐くんはどうですか?」
「…?」
「変わり、ありませんか?」
「…ええっと…?」

フェレス卿が魔法でもかけるようにくるりと傘をまわした。

「そちらの、使い魔の猫とは、上手くやっていますか?」

…あ。
僕は、クロを見た。にゃあ、と短い鳴き声。

「……どういう、ことですか」
「それはお兄さんに直接お尋ねください☆私はただ、真実を届けに来ただけです」

アインス、ツヴァイ、ドライ
彼は消えた。



***



「雪男!」

兄さんが帰ってきた。
バタバタと足音を立てて廊下を走り、まっすぐに部屋へ向かってくる。

「お前、いきなり帰って…体調でも悪かったのか!?」
「…別に」

僕は僕の机の椅子に腰掛けて兄さんを待っていた。

「だったらなんで」
「兄さん」

フェレス卿の言葉どおり、僕は兄さんに尋ねる。

「兄さんはどうして人間のはずなのに悪魔のクロと話ができるの」

そのときの兄さんの顔を僕は一生忘れないだろう。
あんなに喜怒哀楽の激しい彼から、完全に表情が消えた。

「説明して」
「…………」
「ねえ」

気がついたら、兄さんは部屋を飛び出していた。









枯れた花はもう咲かないよ
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