AM3:00


目が覚めたら三時だった。
燐は目をこすりながら重い頭を上げる。眩しい。白い光源が合って、思わず顔を逸らした。

(ゆきお?)

弟の雪男が机で何かをしているようだ。勉強か仕事か、疲れた顔でせわしなく手を動かしている。相変わらず忙しく熱心な弟。なぜだかはわからないが燐は物音を立てないように気をつけて、タオルケットを被りながらそっと、雪男を見た。秘密を覗いているような気がした。雪男はいつも燐よりも遅く寝て早く起きるから。

(こいつ、こんなに大きかったんだ)

近くにいるときには分からないこと。身長があるのは不本意ながら知っていたけれど、体つきもしっかりしている。こちらに向けられた背中が広い。一枚来たTシャツの下には自分がつけた痕があるのだと気が付き恥ずかしさを覚える。冷やそうと熱い頬に手を当てるがその指先もまた熱かった。動く腕も逞しく、燐はその腕に包まれることの安心感を知っている。どうやら、どうしようもなく弟が好きらしいと自覚してまた恥ずかしくなった。雪男は全身全霊で燐に色々なことを伝えてくる。好きだと思う気持ちや愛しさ、居心地の良い場所なんかを一生懸命にくれる。それこそ、燐の細い腕じゃ支えられないくらいのたくさんの物を。いつしか子供のように彼に群がる女子に燐が嫉妬をしていたときはゆっくりと頭を撫でながら自分は燐のものだと言い切ったことがある。思い出すだけで恥ずかしくなるセリフも仕草も全部燐だけに。

(…あれ)

燐は、雪男に何をあげているだろう。
ふと気が付いて考えを巡らせたが思い当たるものはない。
寂しくなった。伝わっていないとは思わないが、全部が伝わっている訳では無いかも知れない、そう思ったらやるせない気持ちになった。
カリカリと動いていたシャーペンが止まる。それから雪男は大きく伸びをして、机の上の時計を見た。終わったのだろうか。邪魔をしないために静かにしていたが、終わったのなら遠慮はいらない。それなのに小さくなってしまったのは今しがた気が付いた後ろめたさのせいだ。

「雪男」
「兄さん?」

どんなに声が小さくたって雪男は燐に気が付く。すぐに席を立って、燐の居るベッドの傍まで寄ってきた。必要も無いのにすぐに傍に来てくれるところも優しい、なんて病気みたいだ。燐はゆっくりと伸ばした腕を雪男の首に回した。ぎゅうぎゅう。音が立つくらい頭を雪男の肩口に押し付ける。一拍遅れて背中に回った温もりに胸が跳ねた。

「どうしたの、怖い夢でも見た?」
「ううん」
「じゃあ甘えたさんなんだ」
「うん」

息を呑む音がして、一層背中の腕が強くなる。燐も嬉しそうに目を閉じて、応えるようにもっと強く、雪男に抱き着いた。髪の毛に落とされた口付けがくすぐったい。よし、と燐は心を決めた。

「な、雪男」
「なあに」
「好き」
「、うん」
「大好き」
「僕もだよ」
「………あ、あい…っ……」
「ふふ」
「笑うなっ」
「ごめんごめん。愛してるよ兄さん」
「ああああ!?」

先を越されたと燐は悔しがり、雪男はそんな燐の髪を撫でた。むす、と口が尖る。

「言いたかった」
「今からでも遅くないよ」
「一番がよかったの」
「いいんだよ、兄さんは」

どういう意味だろう。首を傾ぐ。雪男は何も言わない。
少し無言で抵抗してみたが、経験上表情からして口を閉ざし続けるのが分かっていたからすぐに折れた。

「寝る?」
「うん、疲れた」
「お疲れ様」
「兄さん一緒に寝てくれるんだよね?」
「……疲れた弟を癒すのは兄ちゃんの役目だからな」
「僕はこんな可愛い兄さんを持って幸せな弟だなあ」
「ふふん、敬いたまえ弟よ」

雪男を抱きしめたまま、燐は自分のベッドに倒れこむ。ギシリと二人分の体重を受けたベッドがきしむが、その音は二人分の笑い声に掻き消された。

「兄さん暖かい」
「お前もポカポカしてる」

ぎゅう、と強く抱きしめあって、再び夢の世界に落ちた。
願わくば、君が夢に見てくれますようにと。

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