精一杯の愛情表現

さみい、と寮から少し歩いたところで燐はとうとう白旗を上げた。隣を歩いていた雪男がはあ、と小さく溜め息をつく。

「ほら、言っただろ」
「…くっそ」

気温が17度ほどにも関わらず燐の格好は半そで夏服、雪男は冬服のブレザー。見るからに暖かそうな弟を背を丸めつつ燐は恨めしげに見ると、気がついた雪男は得意げに笑って見せた。
ムカつく、と燐はふいとそっぽを向く。これではまるで周りが言うとおり自分が弟のようだった。兄なのに。
そんな燐を雪男は柔らかいまなざしで見つめた後、止まっていた歩を進める。

(なんだよ、ちょっとくらい優しく気遣ってくれたっていいじゃねーか)

名をそのまま体で表すなんて可愛くない弟だ。
内心でごちるが、家を出る時に面倒くさいと雪男のしつこい位の提案を蹴ったのは燐自身なのである。じごくじしゅう。間違って覚えた四字熟語が頭を過ぎる。三文字しかあっていなかったが、燐の中で意味が通っていたので気にならなかった。
しかし、九月だというのに灰色の空は寒い。ふっと見上げたら寒さは増して、足先から頭のてっぺんまでブルブルと震えが走った。一拍。

「はくしょん」

ふうと、溜め息をついて、さみい。もう一度。すると数メートル先を歩いていた冷たい弟が何を思ったのか、つかつかと戻ってきた。

「どうしたんだ?」
「……」

雪男は燐の前に立つと何も言わず、自分のブレザーのボタンに手を掛ける。往来で着替えでもするつもりだろうか、と燐は首を傾げたが、雪男の顔は軽く伏せられていて見えないし、真意は相変わらず読めない。


バサッ。
突然視界が暗くなった。

「おわっ」

変な声が出る。ほんのり暖かいのと、大人びた匂い。
自分の手で取って確認するとその正体は正十字学園高校のブレザーで、目の前にはワイシャツの上からカーディガンを着た雪男。状況から判断するにつまり、このブレザーは雪男のものであるらしい。ぽかん、とその弟を見つめて暫くして、漸く燐は口を開く。

「…お前、カーディガンまで着てたら暑くないか?」
「そこに行くんだ…」

なぜか肩を落とした雪男に燐はもう一度首を傾げた。

「他になにがあるんだよ」
「ブレザー、とか」
「ああ!そうだな、これ、なんだ?」

どこまでも察しの悪い兄。鈍感、という二文字が更に肩を落とした雪男に重くのしかかる。分かってはいたけれども。伝わらないと覚悟はしていたけれども。いざ目の当たりにしてみるとつらいものがある。

「…兄さんが」
「ん?」
「兄さんが風邪をひくと、僕は休まないといけない。塾も、学校も、祓魔師の任務も。それはすごく困るんだ」

だから、そのブレザーを着て暖かくしてくれ。
自分でも苦しいとは思った。が、察しが悪く鈍感な兄はその分単純でその単純さが雪男にはとてもありがたい。でなければとっくに彼の思いは兄にばれてしまっているだろう。
その狙い通りに、燐は何の疑問も持たず違和感なくブレザーに袖を通す。少しの指先が袖口から見えるくらいの体格さに顔をしかめつつも、暖かいと笑う。
どきりと雪男の胸が痛く跳ねた。慌てて踵を返して学校への道を急ぐ。

「待てよ雪男」
「僕は兄さんほど暇じゃないんだ」

火照った顔には冷えた風が気持ち良かった。






(精一杯の愛情表現)

君に夢見てる様に参加させていただきました。ありがとうございます。
片思いがテーマの素敵企画様です。美味しすぎる作品の数々に涎が足りません。

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