きょうのばんごはん



雪男は帰ってくるとまず台所を見る。寮で暮らしていた頃から変わらない一つの習慣で、大体メモか燐を見つける。前者は塾を卒業して、本格的に始まった祓魔師としての仕事が増えるにつれ多くなったが、今日は後者だったらしい。良い匂いと、フライパンを揺らす燐のエプロン姿にホッと安堵。燐の祓魔師としての活躍が増えれば増えるほど周囲の燐に対する評価はプラスに代わっていくが、その分、二人の時間は減っていた。だから、メモを見ると落胆するし、燐をみると嬉しくなる。大人びているはずなのに、雪男はたまに自分を子供のようだと思う。

「ただいま」
「おかえりー」

少し前から許された台所への入城権利を行使して、燐の隣に立つ。どちらともなくキスをした。触れるだけの浅いキス。お帰りとお疲れ様の意味を込めて互いに送りあう。にへら、と燐は笑み、しかし調理の手を止めないところは流石だ。今日は野菜炒め。雪男は食器棚の上の方から大皿を一枚出す。入城権利を得たのは上の方にある食器を取るときに燐が少し危なっかしかったのがきっかけだ。ついに先日バランスを崩して皿と一緒に倒れてしまい、幸いにして怪我は無かったが雪男はそれで決意したのだった。それから、夕食の準備の時に一緒になれば、食器は雪男が用意するのが通例だった。いざ入れてしまえば、時間がない中で恋人の戯れも出来るし何よりも雪男と一緒になにかをする感覚が燐にはくすぐったくて悪い気持ちがしないので、案外好評だったりする。二人とも、口には出さないのだが。

「なあ、今日ワイン開けようと思うんだけど」
「この前買ったやつ?」
「おう。それで、レンタルビデオ屋行ったら雪男が見たがってた映画のDVDがあってさ」
「飲みながら一緒に見たいんだね」
「おつまみちゃんと作ったから」
「それは楽しみ」

しなやかな尻尾が振れた。じんわりと雪男の中で燐を愛しいと思う気持ちが広がる。コンロの火を止めたのを見計らってそろりと頬に手を伸ばし、こちらを向いた口を食む。さっきよりも深い口付け。時間も長い。そっと片目を開けると、燐はぎゅっと目を瞑って頬を紅潮させていた。じわり。また増えた。ふ、と燐が甘ったるい息を漏らして、これ以上はまずいなと銀の糸を引きつつ唇を離す。もったいないが、今夜は二人でDVDを見ると先ほど決めたばかりだし、燐がせっかく作ったおつまみを無駄にするわけにもいかない。

「着替えてくるね」
「ん」

台所に残された燐はそっと左胸に手を当てる。どくどくと早い鼓動が伝わる。唇に残る感触にきゅ、と拳を作り、空間に漂う雪男の残り香を探す。

「………とける」

真っ赤にした燐がそう呟いたのを聞いたのは誰もいなかった。






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