奥村燐の恋人についての考察


「新婚さんごっこが、したいなあ」
「…は?」

雪男の突然の一言に、燐はクロと遊んでいた手を止め、弟を凝視した。新婚さん?こいつは何を言っているのだろうか。と、冷ややかな視線を送るが、雪男はひたすら笑っているだけ。ただ、どうやらかなり本気の発言らしいというのは勘でわかった。しかし、兄弟という関係以外に所謂"そういう"関係は確かに燐と雪男の間には存在しているが、時折、15年連れ添った燐ですらわからない事を雪男は口にする。雪男曰くそれは燐にも言えるのだが、頭の良い者が考えることは考えられすぎてよく分からないと首をかしげるばかり。相変わらずにこにこと笑う弟はどうやら兄を試しているようで、まるで、自分の真意を読み取ってみろといわんばかりに。ふん、とついに小バカにされた気がして、燐はどうしたのかと頬を寄せて来たクロとじゃれあうことを再開した。
いかにも仕方ないなあと、目尻を下げて雪男が言う。

「ちょっと、無視しないでよ」
「お前バカにしてんじゃん、俺のこと」
「してないよ」
「した」
「僕はただ兄さんと新婚さんごっこしたいって言ったんだよ」
「それが意味わかんねーんだ、よ!?」

ずい。
雪男の顔が近づく。目の前にある恋人の顔に燐は嫌でも体温が上がるのを感じた。熱い。恥ずかしい。ぐるぐると燐の頭を支配する感情。しかしそれらは全てプラス向きだ。

「ふふ、真っ赤」
「言うなっ」

なんでこいつはこういうことを何でもない様に言えるんだ!とつくづく疑問に思う。雪男の仕草一つで、言葉一つで、いつも簡単に燐はぐずぐずに解けてしまう位動揺して、翻弄されてしまうのに。涼しい顔で言ってのけてしまう。

(ムカつくけど、かっこいい)

女子が騒ぐのも分かる、でも雪男は俺の。口が裂けてもいえない独占欲と愛情を燐はグッと堪える。きっと言えば雪男は喜ぶだろうが(おそらく燐が考えるよりもずっと)言う前にこうして羞恥が勝ってしまう。それでもいつか言えたら

「ね、新婚さん」
「まだ言うか」

しつこい。よく言われるさわやか系とはかけ離れたしつこさだ。

「だって兄さんに"雪男さん"って呼んで欲しいんだもん」
「だもんじゃねーよ」

ああこいつ俺以上のバカだと燐がこっそり認識を変えたのを雪男は知らない。わくわくと燐を見つめるばかりだ。その碧が幼い頃、自分の後ろにいた守るべき対象と重なる。いつの間にか背丈を越され、あろうことかつっこまれてしまっているのに、こういうところは変わってくれない。だから、つまり、重なってしまっただけで、別に弟に弱いわけじゃない。誰に対するものか分からない良い訳をして、火照った頬と口元と一緒に隠し、目をそらす。

「今日の夕食、雪男さんは何が食べたい?」
「秋だし、秋刀魚がいいなあ。おろしで食べたい。それから燐も食べたい」
「…エロジジイ」
「ムード壊さないでよ」
「壊したのお前だよばーか」


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