窓際最後尾より


あ。
視界の端に映ったゆらゆらと揺れる黒い尻尾に、雪男は黒板の文字をせかせかとノートへ書き写していた手を思わず止めた。今は授業中の筈なのに、兄さんは何をしているんだ。尻尾の主である兄・燐を考えて溜め息。しかし、特進科と普通科というカリキュラムの違いからサボりとはいえ学校で生活する兄を見るのは新鮮で、どこか嬉しい。お昼は一緒に食べるが、そのときの燐は兄として頑張る燐で、自然体ではない。だから、秘密をみてしまったようでくすぐったい気持ちがする。
こちらに背中が向いているから表情は見えない。だが、尻尾がパタパタと速くゆれたところをみると、何か嬉しいことでもあったのだろう。

(兄さんのことだから、雲がクロの形にでも見えたのかな?)

ぷかりと青い空に浮かぶ雲を見て、わあわあと歓声を上げる燐を想像してみる。可愛い。凄く可愛い。恐らく雪男が傍らに居たら、その腕を掴んで弾んだ声で指を差すだろう。青く透き通った目の中は光が乱反射したようにキラキラと輝いている。雪男はそんな燐の頭を撫でて、優しい笑みを浮かべる。そうしたら、指通りのいい髪をパサパサと揺らしながら肩を竦めてくすぐったいと頬をうっすら染めて照れたように笑ってくれるだろうか。ああ、どうしよう。

(授業なんてどうでもいいから兄さんのところへ行きたい)

優等生らしからぬ気持ちになった。
多少驚いたとしても、突然現れた雪男が座れるように隣を空けて何を見ていたかを燐は話してくれるはずだ。本当に雲だったらからかってやりたいし、その他だったら素直に驚いてやりたい。燐に会いたい。素直にそう思った。積年の想いを伝えてから暫く経ってから雪男はこうして顔には出さないものの、内心では実に素直に燐への思いを自覚するようになった。ただただ愛しいと、二人きりのときには包み隠さず伝えるようにしている。燐は顔を真っ赤にしながらも嬉しそうに受け取って、返してくれる。そういう幸せも知ることができた。

「―――では、奥村くん」

教室の前で授業を展開していた教師が自分を指名する声でハッと、雪男は我に帰った。しまった。本当に優等生らしからぬことになってしまった。半分は本気だったが、一応半分は冗談のつもりだったのに。なるべく申し訳なさそうに、しかしどこかに不思議な甘さを残して申し出る。

「すみません、もう一度お願いします」
「おや、めずらしい。43ページの問3です」
「ありがとうございます…4と±3√17」
「正解です」

怪訝な顔をした教師も、雪男の正確な解答に満足して何事も無かったかのように授業を再開する。全く危ないところだった。相変わらず揺れる尻尾を雪男は少し恨めしそうにまた眺めた。風になびきつつ、燐の感情にあわせて振れる尻尾はもしかしたら燐自身よりもずっと素直だ。前にそれを言ったら半日ほど拗ねられた。雪男が燐よりも燐の尻尾を愛するなんてことは万に一つもありえないのに。たとえ尻尾が好きだとしても、それは燐の一部だからだ。前提には燐がいる。に、してもあのときの燐は申し訳ないが可愛かった。
授業の終わりまではあと五分。鐘が鳴ったらお昼ごはん。

(楽しみだなあ)

今日のメニューはなんだろうか。
パタパタ。
一際大きく尻尾が振れる。燐も同じことを考えていたらいいと、雪男はこっそり甘い笑みを零した。

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