銀色の世界に沈む



銀色だった。


***


目覚めて、真っ先に気が付いた特有の気怠さに雪男は顔をしかめる。医者を志す者として、如何なものか…という自責の念は後回しにして、携帯の電話帳から上司の名前を探した。




「えっ、雪ちゃんお風邪なの!?」

「朝からなー…昨日結構夜冷えたろ」

「確かにお母さんが掛け布団くれたっけ。」


そんな会話を燐としえみが交わしたのはその日の放課後、塾の廊下での事である。


「でも、燐は大丈夫だったんだねえ」

「馬鹿は風邪引かないってのなら言うなよ、言うなよ!?」

「いっぱい言われたんだ」

「そりゃもーお約束みたいにどいつもこいつも」


ぶすっと唇を尖らせた燐をクスクスとしえみが笑う。
本当によく言われたのだ。塾の面々はもちろん、顔も名前も知らない(が、向こうは知っていた)学校の生徒にまで、ここぞとばかりに。
思いだしたらまた腹が立ってきたらしい燐は一言、「俺は馬鹿じゃねーっ!」と叫び、それをまたしえみが笑うが、彼女はふと、気が付いた。


「じゃあ薬学の授業どうなるのかなあ?」

「んー…自習じゃね?」


代わりの先生はいなかったはず、という燐の推測は、その30分後に裏切られる事となる。

すっかりそれを信じこんだ塾生達のぽかんとした顔と共に。





燐としえみが言葉を交わしてから一時間ほど後、雪男はぱちりと目を開き、ドアの方を見た。風邪でも気配に敏感なのは職業病と言うべきか。
立っていたのは燐だった。帰ってくるのには早い気もしたが、嬉しいものは嬉しい。思わず顔が綻ぶ。


「おかえり、兄さん」

「お、おう、ただいま」


いつもならニコニコと笑って元気よく言うのだが、なんだか歯切れが悪い。
少しおかしいなと、雪男が首を傾げた、その時。


「おい、さっさと部屋入れや」

「後ろ詰まってるわよ」

「え?」


勝呂と神木の声。珍しい、本当に珍しい来客のようだ。
しかし、自分が風邪にもかかわらず燐が友人を招く事は無いだろうし、元々友人を招く事をしない性格である。
実際燐の調子がおかしいのもその辺りが関係しているのだろうが…結果、雪男の中のはてなマークは増える一方だった。
が、燐を押しのけて部屋に入った人物によって全てが綺麗に解決する。


「やあ奥村先生、具合はどうですか?」

「…フェレス卿……大方、課外授業と言ったところでしょうか」

「ご名答!奥村くん一人では看病も難しいでしょうから…私なりの心遣いですよ」


確かに燐は料理はできるがそれ以外はかなりの苦手の部類に入るので、塾生の面々の手があれば助かるのだが、しかし、一日寝た事で雪男も動くことが出来るし何より。


(あなたがいると余計に疲れる…!)


とは、仮にも直属の上司には言えなかった。



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