水際に寄せて


おはよう、と僕は兄さんの柔らかく少し乾いた唇に僕のそれを重ねる。わざと立てたリップ音。兄さんも眠そうに重い瞼を薄く開けて、舌足らずにおはよう、と僕と同じことを返す。それから、また目を閉じて夢をみようとするから、僕は慌てて兄さんの肩を揺すった。

「兄さん、今日朝から任務でしょう、起きて」
「んー、あと5分」
「もー…すごくおじさんみたいだよ」
「誰がおじ、さ、あだっ」

不本意だったらしい形容に言い返そうといきなり体を起こしたらそれはもちろん不安定でバランスが取りにくく、さしもの兄さんでも例外なく、一瞬で僕の目の前から消えた。正確にはベッドから床に転げ落ちた。トスン。成人を越えたはずなのにその体躯は細く軽い。抱きしめながら寝ている以上に、こういう時に兄さんの華奢な部分を感じてしまう。

「目、覚めた?」
「うー」

僕もベッドから出て(もちろん足を使って安全に)兄さんの側にしゃがんだ。衝撃からまだちゃんと帰ってきていないらしく、ぱちぱちと瞬きを繰り返していた。可愛いなあと笑みが零れる。寝癖のついた髪をくるくると指で弄んでいると、やがて、不服そうな声が漏れた。

「勝手に髪弄ってんじゃねー…」

兄さんはあまり髪を弄られたく無いらしい。毎朝ちゃんと梳かしている髪はふわふわのさらさらでとても指通りがいいのだけど、子供扱いされてる気分になるからだそうだ。同じような理由で頭を撫でられるのも嫌う。
要するに背が小さい事を気にしているのだろうか。確かに僕も含め背の高い人が周りに多いのは事実だし、華奢な体型だけれど可愛いからいいじゃないか。
と、言うと怒るんだよなあ…。
ふふ、と笑ったら首を傾げられた。ほら、やっぱり可愛い。

「もーちょっと触らせて?」
「ええー…お前たまに三編みとかするじゃん」
「後で綺麗にセットしてあげるから」
「…ならいいけど」
「いいんだ」
「お前の指気持ちいいし」

ずきり。
なんでもない言葉なのに、心臓が高く悲鳴を上げた。些か兄さんは僕に、僕だけに無防備すぎる。そして僕は兄さんだけに弱い。なんてわかりやすい構図。
兄さん、兄さん。
僕はね、あなたの事を。

「兄さん」
「なんだ」
「好き」

家族愛でもなく兄弟愛でもなく、もう一人の自分に対する自己愛でもなく。奥村燐唯一に対する愛。
兄さんは困ったように笑う。

「兄ちゃんもお前が大好きだぞ」
「…そっか」

僕は、弟。愛する人の弟。奥村雪男は奥村燐を一辺倒に愛しています。でも僕は彼の唯一の家族で、弟で、自分なのです。

はたり。
兄さんの頬に落ちる。

「泣くなよ」

泣きながら兄さんが言った。

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