Call me
任務に出てきます。
帰るのは朝方になるので寝ていて下さい。
勉強も忘れないように。
非常に事務的なメモ書きだった。しかも用紙はポストイット。
見た燐が深く溜め息を吐くのも仕方ない。
ここ数日、放課後に部屋へ立ち寄ると目にするのは弟ではなく机の上のこれ。
祓魔師という職業ではしょうがないのだが…なんとなく、燐は納得がいかなかった。
「これじゃ普通の兄弟みたいだろーが…」
風呂を上がって、ぽすんとベッドに半身を預ける。手にはしっかり雪男からのポストイットが握って。
いや、兄弟なのだけれど。もう一つ自分と雪男の間には恋人という関係がある。
紆余曲折を繰り返して漸く結ばれてからと言うもの、雪男の燐への接し方は甘い。
声も仕草も、かける言葉も全てが燐を脳髄から熔かしてしまうのだ。しかし。
どうも雪男は仕事のことになるとそういうものが全て飛んでしまうみたいだった。
寂しい、のだろうか。違うだろう。燐はふるふると首を振った。足元のクロが首をかしげて尋ねる。
『りん、どうしたんだ?』
「なんでもねーよ」
『さみしそうだぞ!』
「違うって」
ああくそ、飼い猫(と言うと怒るが)である使い魔は誤魔化せないのか。苦笑い。
塾の友人たちにも突っ込まれたが、にこりと笑ってやると引き下がった。燐はそれを誤魔化せたと思っているが実際のところ、彼らが気がついていないわけがなかった。
寂しかった。でも、それを認めたら色んな気持ちが決壊してしまいそうで怖かった。
もし、自分がこんな可愛げのない男の子じゃなく。
可愛らしく可憐で女の子らしい女の子だったら。
少し不器用でそれでもちゃんと伝える術を知っている女の子だったら。
思いついたのは身近にいる二人の女子だ。あ、やばい。燐は思わず目元を押さえた。
(電話とか出来るのかな)
久しく、雪男の声を聞いていない。
任務がある分、放課後や夜にやる仕事を朝と昼に済ませているから話しかけられないし、せいぜい挨拶くらいだった。
キスもそれ以上の恋人としてのスキンシップもない。
それから。
「名前、呼んでほしいな…」
『りん!』
「?クロどうした?」
『どうしたって、りんがいったんだろ?』
「ああ…そっか、ありがとうな」
頭をなでたら、うん!とクロは胸を張った。
クロには悪いが、燐が欲しいのはやっぱり別のものだ。
例えば。
今この瞬間に傍らの携帯が鳴って、ディスプレイにその名前が映し出されている、なんて。
「……いやいや、幾らなんでも女々しすぎるだろ、俺」
ぴぴぴぴぴぴぴ。
携帯が鳴る。まさか、と燐は思わず携帯を取った。しかし、ディスプレイには『シュラ』の名前。
「…もしもし」
自然と声が暗くなってしまった。
出してからはたと気がついて慌てて明るく取り繕うと思った。思っただけだった。
『もしもし、兄さん?』
「へ!?あれ、雪男!?これ、シュラの電話じゃ…」
意識せずとも一気に声のトーンが明るくなる。
自分でも判ったが、どうでもよかった。
『任務中に携帯壊しちゃって、借りてるんだ』
「壊したって…お前、怪我とかしたのか?」
『ただ落としちゃっただけだよ。大丈夫』
「そっか」
『いま本部戻ってきて、報告とかあるから30分くらいで帰れると思うんだ』
「うん」
『それで、兄さんに僕のお願い聞いてほしくて。それで電話した』
いつの間にかクロはどこかへ行ったようだった。空気を読んでくれたのだろうか。
だとしたらとても助かったと燐は頭のどこかで思う。
視界がうまく見えなくて、顔が凄く熱かった。こんな姿、誰にも見せられない。
「…うん」
『ふふ、兄さん泣いてるの?』
「いいだろっ…、まず頼みを言えよ」
『そうだね。帰ったらね、兄さんのご飯が食べたいんだ。有り合わせでいいから』
「そんなのでいいのか?」
『そんなのがいいんだよ』
「わかった、ちゃんと作っておく」
『ありがとう』
燐は頭に冷蔵庫の中身を思い浮かべた。
買出しを丁度今日したから、それなりの物を食べさせてやることが出来るだろう。思わず顔が綻ぶ。
『あ、もうそろそろ行かないといけないみたい』
「じゃあ俺はご飯作ろうかな」
『楽しみにしておくよ』
「ん、じゃあ切るぞ」
『ちょっと待って』
「?」
『燐、愛してるよ』
「…ふえ!?」
『じゃ』
「いやまて雪男、俺だって…!」
ピッ。
電話が切れた。
「あああくそあいつ…!」
何度も頭の中で反響する声。
手も熱かったが頬はもっと熱かった。
「何でわかったんだよっ…」
さっきまでの寂しさが嘘のように、全身が満たされた気がした
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