モーニングアワー


「雪男ーっ」

手にお玉を持ち腰にエプロンを巻いた、いわゆる新妻スタイル(と、雪男は呼ぶが燐に言うと照れ隠しに一発二発殴られる)の燐が寮の部屋のドアを開けた。

「朝飯もうそろそろ出来る、ぞ…」

朝食の用意が出来たと雪男を呼びに来たはずだったのだが、ベッドに横たわる当人は気持ち良さそうに体を丸めている。思わず息を潜めた。

(昨日も遅かったもんな……くそ、メフィストの奴、俺の雪男をこき使いやがって)

自分の何倍も努力してきて、自分の何倍も忙しい雪男。
兄としてはもちろん、最近新しく加わったポジション『恋人』としても彼の健康は燐の心配の種であり、その上司には腹が立つ。
はあ、と一つ溜息をついて、なんとなく雪男を見た、のだが。はたと燐は気が付いた。

(……あれ、俺の雪男、とかなんか…わああああ独占欲丸出しじゃねーか!恥ずい!)

さっと頬を赤らめてわたわたと慌てるが、雪男を起こしてしまうかもしれないと我に帰った。
恐る恐るベッドを伺うと幸い、起こしてはいないようだ。それが判って、ほっと胸を撫で下ろすと、燐は改めて雪男の顔を覗き込む。
普段、悪魔を退治したり教鞭を振るときの厳しい表情だったり、恋人として接するときの意地の悪い笑顔だったりする顔とは違う人畜無害な寝顔。

(なんか可愛い…)

優越感が湧き、笑みが零れた。
少し枕で癖が付いた髪を撫でる。弄られることはあっても、こうして弄るのはあまりない髪は、指通りがいい。でも雪男は髪が弄られるのを極端に嫌う。
ここまでして起きないとはかなり深く眠っているらしい。朝食は時間が経っても美味しいメニューだし、まあいいか、と燐は微笑んだ。
にしても、だ。
日曜という休日に朝食を作るためだけに早起きをした燐だが、元々、起きるのは苦手な方で、言うなれば雪男のために生活リズムを変えたようなもの。
そんな燐の目の前で誰かが気持ち良く眠っているのだから、それは。

「俺もなんか、眠くなって…」

だんだんと頭がぼうっとして、ついに漏れた一息の欠伸をきっかけに、燐の瞼は急激に重たくなる。体を動かすのが面倒くさいくらい。ぼんやり、自分のベッドを見て、へらりとわらった。

(まあ、いっかあ)

燐は雪男を起こさないよう注意をしながら、雪男のベッドにある僅かなスペースに忍び込み、半身を彼に乗せた。頭を胸に押し付けたら、安らかで心地好い心音が聞こえる。
どくん、どくん。
ゆったりとそれに身を委ねるように目を閉じ、そのまま可愛らしい吐息を漏らし始めたのだった。








燐が完全に夢の中へ旅立った頃。
ぱちりと雪男が目を開いた。胸元の頭は規則正しく上下しており、起きる気配はない。

(困ったな…)

実のところ、雪男は燐が部屋に近付く足音で目を覚ましていたのだ。狸寝入りを決め込んでいたのは少しの悪戯心から。頃合いを見て起きようと思っていたのだが、逃してしまった。

さて。
困ったことに、体にかかる重みも、暖かさも、振り払うのは惜しい。しかし、エプロン姿で燐が甘えることなど珍しくて、据え膳食わずはなんとやらとも言う。
どうすればいいのだろうか。
雪男はとりあえず、燐に腕を回して、固く抱きしめる事にした。

「んっ…ふ…」
(ああああああ)

色っぽい息遣いに雪男の苦悩は溜まっていく。ここで戴いたら確実に燐に拗ねられ、場合によっては嫌いだの言われるのは必須で、それは非常に答える。
雪男に言わせれば、兄さんが誘ったんだ、の一言で原因は燐にあるのだが…通じる相手ではない。
と、その時。
燐の腕が雪男に巻き付いて、ぎゅうぎゅうと体を雪男に押し付けてきた。
いきなりの出来事に雪男は目を見開いて驚く。

「に、兄さん」
「ぅに…ゆ、きお」
「起きてるの?」
「…へへっ」
「?」
「雪男、あったけえ…」

寝ているようだった。
なんの毒気もない、彼が悪魔だと言ったなら十中八九、逆だと言うべき寝顔。若しくは、小を頭につけるべきだ。
雪男は深く息を吐くと、仕方ないと笑った。

「あとで覚悟しておいてよ、兄さん」

そうして再び目を閉じた。





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