天秤


「大丈夫でーすか?」

「…全く」

力無い返答にメフィストはくつくつと喉を鳴らした。
てめえ人の不幸を笑ってんじゃねえよ、とは疲れきっているので言えず、目だけで訴える事にした。
が、知らぬ顔でニヤニヤと笑う彼にこの悪魔がと獅郎は悪態をつく。

「まあまあ、こうしてお茶を出して持て成してるんですから、怒らないで下さいよ…今日のは疲れてるだろうかと砂糖多めなんですよ?」

言われて一口飲めばなるほど、体が軽くなる気がする。
悪魔などと言ったがいいところもあるじゃないか―――

「私で良ければいつでもどうぞ、騎士団のビックネームが育児疲れなんて愉快極まりないので☆」

「前言撤回」

こいつはやはりこういう奴だ。
獅郎は二度と騙されないぞと心に誓う。ついでに長いあくびを一つ。

「昨日も寝てないそうじゃないですか」

「ああ…あいつら…示し合わせたみたいに交互に夜泣きしやがる」

二人一緒に泣かれたら泣かれたでそれも困るのだが。結局どちらがいいのだろうか。獅郎には判らない。

「ふむ、睡眠不足で任務に支障をだされると困りますし、人手を回しましょうか?」

「いーよ、それじゃあいつら、不憫だろうが」

そう言い放った獅郎の顔に、悪魔ながらメフィストはびっくりした。まるで父親の様なのだ、あの藤本獅郎が。

「あなたに子煩悩なんて言葉、似合わないと思ってましたが…合わせてみるモノですね」

「子育てなんてする予定なかったのによ」

武器のためだからなー。
あまりに言い訳じみた口調。どうにも面白くって、メフィストは声を上げて笑った。

「なに笑ってんだてめーは」

「ふふ…いや、子供と言うのは実に面白いですね」

自分たちには無い、親子という概念。興味深い。
高く笑い続けるメフィストに獅郎は怪訝な顔をするが、鳴り響いた携帯電話にそれを止められた。発信先は修道院。嫌な予感しかしない。

「どうした?」

『燐が泣いてしまって…暫く頑張っていたのですが雪男まで』

「今すぐ帰る」

ピッ。

携帯を切ると、やはりと言うか、メフィストがにやにやしていた。ちっ、と獅郎は舌打ちをする。何も言いたく無かった。

「帰る」

「はい☆頑張って下さいねお父さん?」

「…今度撃たれてもそれ俺じゃねーから」

「おやおや、注意しないといけませんね」

ああむかつく。
バシッと二人を寝かしつけたらゆっくり煙草でも吸おう。…もう少ししたら、止めないといけないけれど。
獅郎は修道院の鍵を刺して、直接家に帰る。その背中の奥から二人分の泣き声がした。

「ふう」

静かになった自室。
クルクルとカップでスプーンを回しながら、メフィストは考える。
人間の子供は親に似るらしい。正確に言えば育てる者に似るらしい。で、あるならば、獅郎が育てている二人の子供も彼に似るのだろう。
それは。
彼らが似るのは。
どちらの藤本獅郎なのだろうか。

「面白いですねえ」

片方は悪魔で片方は人間。
親は父親には遠かったはずの男。
メフィストの笑みがいっそう濃くなった。







天秤

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