夢想アポロジー2


「…兄弟とか姉妹とかいるのか?」

「兄さんがいるよ、一人。双子の兄さんなんだ」


その時、雪男の顔がぱあ、と笑顔になった。
燐はびっくりして、それで、どうしようもなく嬉しかった。
口元を押さえて、泣き出しそうになってしゃがみ込んだ燐に、不思議そうに首をかしげた雪男が寄る。


「志摩さんどうしたの?」

「なんでもねーよ……兄貴のことどう思う?」

「すごい人だと思う。いつも僕のこと助けてくれて、引っ張ってくれて、強くて…僕もああなれたらっていつも思うよ」


顔は見れない。そこまでしてしまうのはルール違反だと思ったから。
それでなくても、既に涙が零れ落ちて仕方ないのだ。どういう形であれ、弟に情けないところは見せられない。兄の意地だった。


「兄さんはよく喧嘩しちゃって、それで父さんに怒られるんだ。でも僕知ってるよ」

「何を?」

「いつも喧嘩するのは、兄さんが優しいからだって。何かを守ろうとして喧嘩するんだって。…そりゃ人を怪我させるのは悪いことだけど、でも、僕はそんな兄さんが大好きなんだ」

「そっか」

「志摩さんは?兄弟いるの?」


答えてやらなければ、と燐は涙をぬぐって顔を上げる。幸いにして雪男は泣いていることに気がつかなかったらしい。
燐はすこし考えてゆっくり口を開いた。


「弟一人がいるぜ」

「じゃあ僕の兄さんと一緒だ」

「ああ。頭がよくて冷静で、なんか女子にもててる。上から目線ですっげーむかつくし、性格俺より老けてるし、兄貴のこと兄貴って思ってねーし、全然弟っぽくないけどなー」

「仲悪いの?」

「そんなことねーよ。俺よりずっと凄い奴だ、言ってやんないけど。あいつと兄弟で、兄貴で、よかったって心から思う」

「…いいなあ」

「どこがだ」

「僕も兄さんにそう思ってもらえるようになりたいもの」


思わず、膝立ちになって小さい弟を抱きしめた。わ、と小さく感嘆の声を上げる雪男だったが、大人しく燐の腕に収まった。


「なれるよ、お前なら。絶対なれる」

「?」

「…ただ、ちょっと兄貴のこと敬う気持ちを忘れないでくれ…」

「……うん」


修道院の、燐が歩いてきた方から雪男を呼ぶ声がした。


「ゆきおー?どこだー」

「あ、兄さん」


小さい自分と会うのは不味い。
もうそろそろだろうか、と燐は小さい自分に弟を返そうと腕を解く。


「じゃーな、話せて楽しかったよ」

「僕も、楽しかった」

「兄貴のとこ行ってやれ」


押した雪男の背中が遠く小さくなって行くのを見ながら、燐はゆっくり目を閉じた。



***



「兄さん、どしたの?」


雪男は兄に駆け寄っていく。
燐はすこし興奮していた。


「あっちに可愛い野良猫いるんだ!」

「本当?」

「おう、行こうぜ」


ぱたぱたと自分を置いて戻って行こうとする兄に苦笑して、雪男は後ろを振り返った。
誰もいない裏庭。さっきまで話していた青年はどこにも居ない。


「ちゃんと僕のとこに帰ってよ、兄さん」


そっと呟くと、雪男は駆けて行った燐を追うのだった。



***



目を醒ましたら、寮の部屋で、燐は頬が濡れているのに気がついた。


「そーいや、雪男と喧嘩したんだっけ」


それで、子供のように泣き疲れて眠ってしまって、夢を見た。
とても、変な夢だった。
そして、暖かい夢だった。
夢の中の雪男に免じて、喧嘩の事を許してやろうと思えるくらいに。

それに少しは刺さるところも有った。


(謝ってきたら許してやろう)


それでもやはり意地っ張りであった。

燐はそう決意して、起き上がって机に向かう事にした。
課題を少しは頑張ってみようというわけである。
気がつけば自分は5時間近く眠っていたらしく、これは夜眠れないかもしれない、と不安になる。

燐が机に向かってしばらくして、部屋のドアが開いた。振り返りもせず、挨拶もしなかった。


「ただいま」

「…………」


集中していて聞こえない体でいく事にする。


「兄さんまだ怒ってる?」

「…………」


少しだけ揺らいだ。雪男にしては不安げな声色だったから。
だから、もういいかななんて思ってみたりした、瞬間。


「ひあっ」

「あはは、変な声」


首筋に冷たいものが当てられて、飛び上がった。雪男の笑い声が後ろから響く。
なんだよ、と精々不機嫌そうに振り向いて、目線の高さまで上げらてていた袋に目を見開いた。

見覚えのある袋は、間違いなく、昨日燐が買って来た店の物。


「暑いし、もの凄い人だったよ。確かに美味しかったしそれだけの物ではあるよね」

「お前、買って来たのか?」

「元はといえば、僕が食べたのが悪かったんだし……ごめんね、兄さん」


手渡されたアイスは自分が昨日買って来た物よりも、雪男が自分の為に買ってきてくれたというこの上ない価値がついて、何倍も貴重で大切なものの様に思えた。


「俺も、ごめん…メガネとか…」

「うん」

「雪男が買ってきてくれたんだよな、これ」

「うん」

「俺の為に」

「うん」

「……へへっ」


燐は椅子から飛び上がるように、雪男に抱き着いた。
わ、という声が上がる。それが夢の中の彼と同じで、嬉しくなった。


「おっし、夕飯作るか!」

「え、食べないの?」

「デザートに喰う!雪男と半分ずつな」

「…いいの?」

「二人で食べた方が美味しいし。ほら、手伝え」

「了解」


厨房へ向かう廊下で、手を繋いだのはどちらからだっただろうか。
小さく雪男がおかえり、と言ったのを燐は気がつかなかった。











夢想アポロジー
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燐の夢が現実だったっていう。
アイスネタ第二弾。

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